変質
1980年代および90年代に、2つの概念、すなわち、「コア」と「ネットワーク」という概念が広く使われるようになった。前者はしばしば、企業が自社の主要な事業ないし事業群と考えているものをさし、効率的で収益性に優れた経営という観点からみて企業が拡大しすぎで、自社の「コア」を際立たせるために事業を縮小すべきだと判断した際に広く使われた。ネットワークの概念は、ともに密接に事業を営み、技術を含めさまざまなサービスを互いに依存し合う地理的に集中した小・中規模企業のグループからなる産業地域ないしはクラスターという形で、19世紀の研究のなかに現れていた。今日では、「ネットワーク」ないし「ビジネス・ネットワーク」という用語は、相互に関連し合う経営上の枠組みでくくられた、ある限られた数の企業間での公式の契約関係や提携をさし、それらは「準企業」あるいは「バーチャル・コーポレーション」と呼ばれることもある。
契約にもとづくビジネス・ネットワークには、技術ライセンス供与、フランチャイズ供与、研究開発協定、情報サービス、供給、マーケティング、広告協定などを含むきわめて多様な形態がある。現時点ではこれに関する研究は初期段階で、急速に増大しつつある。ダクルーズ=ラグマン(1994)は、このようなネットワークに関するきわめて興味深い理論をカナダのテレコミュニケーション産業に適用した研究である。彼らは、ネットワークを「企業や非事業組織の間での株式所有によらない協働関係を通じた取引を組織化するためのガバナンス構造」(276ページ)と定義し、市場および企業組織における諸費用を削減する1つの方法としてネットワークを捉えた。ゴメス‐カサレスは、ネットワークをシンプルに「1つの大きな関係にともに加わり、(中略)それぞれがそのなかで特定の役割を満たす複数の企業からなるグループ」(Gomes-Casseres (1994) p.4)と定義している。
企業間のネットワーク化の広がりは、グローバルビジネスの発展によって促されている。グローバルビジネスの事業展開の規模は大部分が国境とは無関係で、とりわけ技術分野においてはその傾向が強い。現代の技術は急速かつ複雑に進化しているため、それらの技術に関連する諸領域の世界中の企業は、中心的な企業における研究やイノベーションの展開と緊密な関係を保つことが求められている。このような企業の間の公式な関係は、それぞれの競争力を高める可能性がある。アライアンスを形成することは、単に合理的な対応というだけでなく、時に必須の対応なのかもしれない。ゴメス‐カサレスは近く出版される著書(1996)のなかで、彼がアライアンス間の集団的競争と呼ぶものが、産業全体を巻き込んだ熾烈な競合や競争を促すと論じている。
企業はそれぞれの「独立した」アイデンティティを失っていないが、リンクされた企業の管理上の境界はますます曖昧になり、個々の企業の行使するコントロールが及ぶ実際の範囲は、まったくわからない。公式な契約がこのようなグループの法的な基礎を形成しているが、彼らの協働作業はコントロールの行使にもとづくというより、むしろ参加者間の共有された目標や相互依存から生まれる合意にもとづいている可能性がある。アライアンスに加わる個々の企業にとって利点はあるが、コストもまた存在し、コストとベネフィットの間のバランスは、活動が進展し、アライアンス内の個々の企業が成長し続けるにつれて変わっていく。このバランスの変化は、企業間の関係にさまざまな困難を生み、アライアンスの崩壊さえ導きかねない。
ビジネス・ネットワークは、その構造・組織・目的において、独立した企業の構成するカルテルとは大きく異なっている。明らかにこのタイプの組織はこれからも普及し、いわゆる自由競争市場での企業間の競争とは大きく異なる競争に関わり続けるだろう。このことによって、経済学における新たな「企業の理論」と、市場のビヘイビアおよび「自由」競争の効果についての新しい見解が必要となるかもしれない。
1995年1月 ケンブリッジ・ウォータービーチにて
エディス・ペンローズ
(第4回 より本書第1章を紹介します)
The Theory of the Growth of the Firm, Third Edition
by Edith Penrose
Copyright c Edith Penrose 1995
All right reserved
The Theory of the Growth of the Firm, Third Edition was originaloy published in English in 1995.
This translation is published by arrangement with Oxford university Press.
【連載バックナンバー】
第1回 半世紀を超えて、なお読み継がれる理由
第2回 企業成長の議論はいかにして展開されたか
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