フェラーリより自転車を選んだシリコンバレーのIT長者たち

 アメリカ国内でも有数の富裕層が集まるシリコンバレーでは、かつてのフェラーリやゴルフに代わり、自転車やアウトドアスポーツが大流行している――。

 FacebookがIPO(新規株式公開)を迎えた2012年5月17日、ニューヨーク・タイムズ(以下、NYT)は、そんなシリコンバレーの変化を伝える「Preferred Style: Don’t Flaunt It in Silicon Valley」という記事を掲載しました。これは運動不足だったITエンジニアたちが健康志向に変わりつつあるという意味とは、ちょっと違います。

 シリコンバレーに新たな億万長者たちが生まれた記念すべきこの日、Facebook本社では豪勢なパーティーが行われたと言いたいところですが、記事が伝えるところによると、彼らはシャンパンで成功を祝うわけではなく、「ハッカソン」というエンジニア育成イベントを開催していたそうです。その様子は「ドン・ペリニヨンより、レッドブルが似合いそうな雰囲気だった」とか。

 このイベント自体はFacebookでは恒例のものでしたが、IPO当日にあえて実施した点に、CEOであるマーク・ザッカーバーグの経営哲学が見て取れます。彼はNYTの取材に、「僕らはお金を稼ぐためにサービスを作っているわけじゃない。もっとより良いサービスを提供するために働いているんだ」として、「急にお金を儲けたからといってランボルギーニでオフィスに乗り付けるような生活は、クールだとは思えない」と語っています。

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パーカー姿がトレードマークのザッカーバーグは、シリコンバレーにおける新たな価値観の体現者でもある。(写真:Bloomberg via Getty Images)

 ここでザッカーバーグが言う“クール”を“本質的”と読み替えれば、NYTがFacebookのIPOに合わせて同記事を掲載した意味がはっきりしてきます。つまりNYTが伝えようとしたのは、ザッカーバーグに代表される新たな世代のシリコンバレーの人々の消費意識が根本的に変化しつつあること。それは高級車を乗り回すことよりも、自転車で颯爽と出勤し、レッドブルを飲みながらより良いサービスを作ることこそが“クール”であると考える価値観です。

 Facebookが社会を席巻する8年前、2004年にGoogleがIPOを行った際のシリコンバレーの価値観はもっと“バブル”なものでした。それはGoogle幹部がIPO直前にわざわざストック・オプションを持つ社員たちを集め、「いらぬ反感を買うから、急に派手な買い物をしないように」と忠告しているほど。

 しかし、それにも関わらず高級車でオフィスに乗り付ける社員は続出し、同社のトップ3も合計で8台のプライベートジェットを購入(しかも、NASAの倉庫に保管!)。そして、それがスキャンダルのように大々的に報道されました。

 奇しくも、GoogleのIPOはザッカーバーグがハーバード大学の学生寮でFacebookを立ち上げたのと同じ年の出来事でした。それから10年の間に、ソーシャルメディアは人々の「中身化」を推し進め、シリコンバレーの富裕層のライフスタイルも、より本質的なライフスタイルを求める価値観へと大きく変わっていったわけです。