世界に根付き始めたACE HOTELの種

ザ・コンランショップの創設者夫妻が手がけたロンドンの「Boundary」は、出自こそ典型的なデザイナーズホテルでありながらも、アットホームな雰囲気を持つレストランやショップを備え、従来の高級ホテルとは一線を画しています。

2009年開業のこのホテルで目を引くのは、コンラン夫妻によるルームデザインだけではなく、1階にある「ALBION」というデリ&カフェが、何とホテルの入口にもなっていること。ラグジュアリーらしい重厚なエントランスではなく、リーズナブルなカフェを中心に据えることで、宿泊客以外の人々にも開かれたホテルを実現しています。

チェルシーの「THE HIGH LINE HOTEL」は、ACE HOTELと同じようにリノベーションによって完成したホテルです。以前は神学校であり、赤レンガのゴシック様式が地域の歴史を伝えています。「Intelligentsia」というシカゴの人気コーヒーショップが入っている点も、ACE HOTELとの共通点を感じさせます。

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The NoMad Hotel。外観はニューヨークの街並みに溶け込んだクラシカルさを残している。

2012年4月にオープンしたばかりの「The NoMad Hotel」は、フランスの独立系レコードレーベルが手がける ファッションブランド「MAISON KITSUNÉ」のアメリカ初のフラッグシップ店が併設され、日本と違いホテル内にファッションブティックが入ることが珍しいニューヨークで話題となりました。

これらのホテルに共通するのは、カフェやショップを充実させることで、広く地域の人々の利用を促していることです。前出の佐久間氏が言います。

「The NoMad Hotelのような高級ホテルでMAISON KITSUNÉがオープンしたことに象徴されていますが、従来のデザイナーズホテルのようにマンハッタンの中心部といった好立地でなくとも、そこに魅力的なショップやカフェがあるから、ちょっと遠くても行きたくなる。これには間違いなくACE HOTELの影響があります。特にTHE HIGH LINE HOTELのIntelligentsiaはわかりやすくて、わざわざコーヒーを飲むために出かける人が絶えません。高級ホテルが宿泊するだけの場所から、人が集まる場所に変わってきているんです」

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ビジネス誌『Entrepreneur』の動画インタビューに登場したアレクサンダー・カルダーウッド。ACE HOTELの公式ブログには、彼の死を惜しむ声が殺到した。

ACE HOTELオーナーのアレックス・カルダーウッドは、こうした時代の空気感をいち早くかたちにした人物であり、近年は東京への進出も待ち望まれていました。しかし残念なことに、今年の11月15日、47歳という若さで亡くなってしまいました。

詳細は明らかにされていませんが、ACE HOTELの公式ブログには“彼は僕らの教師であり、メンターであり、伝道師であり、そしてもっとも大切な友人だった”と、その早すぎる死を悼むメッセージが掲載されています。

「カルチャーシーンにおいてアレックスが与えた影響は、ホテルの社長に留まらないほど多大でした。最近もACE HOTELのロビーでインプロビゼーションの音楽イベントをやっており、普通のホテルでは考えられないような新しいことにどんどんチャレンジしようとしていた。インタビューをしたことは一度しかありませんが、本当に惜しい人を亡くしたと思います」(佐久間氏)

それでも、高級ホテルが変化しつつあるように、彼がまいた種はあちこちに根付き始めています。次回はホテル編の後半として、海外との住まいに対する意識の違いなどを参照しながら、日本にACE HOTELのような存在は誕生するのかといった点について掘り下げていきます。