思考の独立性
素直さと頑固のギャップ

 ソニーも成しえなかった挑戦と言われましたが、創業者の存在は大きいのではないでしょうか。

 どうでしょうか。創業者である私がいなかった2年間のDeNAは素晴らしかった。2013年4月に私が戻っても、守安功がトップであることに変わりはありません。しっかりバトンタッチしましたから。創業者が長いことのさばって、ずっと船頭であり続けるのは、アントレプレナーシップがないことの表れです。それは明確に否定したい。DeNAは、だれでもトップになれる機会がある会社にしたいのです。

 たとえば、ソニーの社員が「盛田さんだったら何をするだろうか」と考えるのもよくないのでしょうか。

 それは、盛田さんという「ヒト」に従属するのではなく、アントレプレナーとしての考え方、つまり「コト」に着目しているのだからよいのではないでしょうか。考える糧とし、自身の独自な思考の参考にすることは肯定できます。重要なのは、思考の独立性、つまり自分の考えを持てるか否かです。

 巨大企業には、いわゆる「○○流」といった色がついてしまっており、多くの人がそれに隷属している印象が拭えません。得体の知れない流儀の束縛からみずからを解放するために、伝説の経営者になったつもりで思考訓練をすることは有効かと思います。アントレプレナーシップにとって、思考の独立性は本当に大事なことなのです。

 「思考の独立性」というのはユニークな言葉ですね。それは、自分の頭で考えるということと同義ですか。

 ええ。DeNAで飛び抜けて優秀な人材は、プロセスに関して言えば素直です。行き詰まっている新規事業のトップと話をして「違う分野だけど、この本読んでみたら」と助言すると必ず読みます。「いま韓国で流行しているサービスにヒントがあるかもしれないよ」と言うと必ず使ってみます。「この人に話を聞いてみたら」と言うと必ず会います。

 しかし「こういう機能を入れ込んでみたら」「メインをコミュニケーションではなくゲーム性にしたらどうかな」といった結論に関するアドバイスに対しては、かなり頑固に抵抗することが多いです。「どうしてそう思うのですか」としつこく聞いてきて、その場で議論にもなります。持ち帰って考えますと言うものの、簡単には自分の考えは曲げません。あるいは私の言ったこととまったく違うことを考えてきます。素直さと頑固さのギャップが、非常に激しいのです。

 素直に考え直してみても同じ結論に達したら、「俺はそう思わないんだよね」と貫き通す。それが、コトを成すという意味での優秀さだと思います。深く考えた末の結論に関しては頑固でいい。大事なことに関することほど、思考の独立性を持ち、自分が納得しない限り簡単に考えを変えないのがアントレプレナーシップです。

 アントレプレナーシップは社員教育で育めますか。

 一つは癖ですね。小学校の時からだれかの意見に委ねるという癖を植えつけられてきた人に、「本当はどう思うの」と迫っていくことです。

 組織が大きく間違うのは、トップの言うことを盲信する場合です。どんなに優秀なトップでも、すべての事業の情報をだれよりも詳細に把握し、ベストな判断はできません。ユーザーに直接触れ、競合先と角突き合わせ、パートナーからのクレームの最前線に立つのは現場です。豊かで正しい情報を持つ人が、独自の思考をすべきです。

 ささいなことに固執する必要はありませんが、本当に大事なことは「悪いけど南場さん、それは無理」と言ってほしいですね。私は挑戦してくる人を歓迎しますし、奨励もしています。

 私と一緒に仕事をしたことのある人は皆感じていると思いますが、私は意見がすこぶる強く、「こうするべきだ」と言う時のエネルギーは強烈なんです。にもかかわらず社員が抗ってきた時には、よくぞこの私を突破しようとしてくれたと称賛しますね。その時に初めて、姿勢まで前のめりになってその人の話を聞きます。そういう人の話こそ深く、聞くに値すると考えているからです。

 そこから激しいバトルになることもありますし、結果的に私に分があることもあります。でも、そうした人には一目置き、重要な仕事を任せたいと思うのです。

【聞き手】 編集部

【特集:新時代のマネジメント】より 提供:日本アイ・ビー・エム