効果的なメッセージをつくるには、まず、相手を知ることから始める必要がある。スピーチの場において、何を求められているのか。聴衆は何を期待しているのか。本ウェブの好評寄稿、佐々木氏のスピーチの持つ力を説いた書籍『思いが伝わる、心が動く スピーチの教科書』第2回。


 効果的なメッセージをつくるためには、まず、相手を知る必要があります。 この章では、スピーチの場の要請と聴衆の期待を把握する方法について学んでいきます。

日本人のスピーチ下手は過去のこと

「沈黙は金」「以心伝心」という言葉に表されるように、自己主張を控える空気のなかで生きてきたせいか、欧米諸国に比べると、日本人はどちらかといえば口下手でスピーチ下手、という印象を抱いている人も多いのではないでしょうか。あるいは、政治家や経営者のように、スピーチはごく一部の限られた人が行うものとみなされていたようにも思います。 しかし最近では、著名人から身のまわりまで、感動のスピーチに遭遇する機会が増えてきました。

 2008年、タモリこと森田一義さんが、師と慕う漫画家の赤塚不二夫さんの葬儀で行った弔辞は、心のこもった感動的なものでした。手にして読み上げていた紙が、実は白紙だったことでも話題になりました。森田さんにとっては、「おまえもお笑いやっているなら弔辞で笑わせてみろ」と部屋の片隅で、あぐらをかいて、肩肘をついてつぶやいていそうな故人(第1の聴衆)に対する精一杯のサプライズであったことでしょう。「私もあなたの数多くの作品の1つです」という決め台詞で締めくくり、芸の恩を芸で返す、森田さんらしい愛情がちりばめられたスピーチでした。

 また、2011年に、ニューヨーク5番街にオープンしたユニクロ店舗のオープニング・セレモニーで、柳井正会長兼社長が行ったスピーチもインパクトのあるものでした。スピーチに込めた「世界最大のユニクロ店舗をニューヨーク5番街にオープンできたのは、私にとってのアメリカンドリームです」というメッセージは、日本人経営者への注目度が下がる昨今、アメリカのマスコミを賑わせました。

 著名人以外でも、2011年春の選抜高校野球大会では、創志学園高校の野山慎介主将は選手宣誓において、阪神・淡路大震災の年に生まれたことを明かし、「人は仲間に支えられることで、大きな困難を乗り越えることができる」と、東日本大震災の被災者の方々への思いを込め、「生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーする」と誓って大きな反響を呼びました。

 3月23日に宮城県気仙沼市の階上(はしかみ)中学校で行われた卒業式では、卒業生代表の梶原裕太さんが「苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことが、これからの私たちの使命です」と必死の思いで読んだ答辞が、ユーチューブにも公開され、涙を誘いました。

 そのほかにも、子供の未来を想うボーイスカウトの会長の話、地域の心を1つにした町おこしのリーダーの演説など、特に報道はされないまでも、そこかしこに心を打つスピーチがあります。また、作家の村上春樹氏のエルサレム賞受賞スピーチ(2009年)のように、海外で話題を呼ぶスピーチも出つつあります。

 日本人だからスピーチが苦手、というのは、もう過去のものかもしれません。たとえ人前で話すことが苦手だったとしても、その中身が真摯で訴えかける力があるものならば、多少のぎこちなさはあっても思いは伝わるものです。そして何より、よいスピーチは聴衆の心を動かし、元気づけたり、やる気にさせたりするという大きな効果があります。