主役はスライドではなく、スピーカー
昨今のプレゼンでよく目にするのは、ぎっしりと情報を詰め込んだ何十枚ものスライドを次々とスクリーンに映し、話し手はスライドを解説することに一生懸命になってしまっているようなシーンです。聴衆は映し出されたスライドを目で追うのに精一杯。スピーチ内容はおろか、話し手に注意を払っている人はほとんどいません。スライドが主役になってしまっています。
パワーポイントなどのプレゼンテーションソフトがまだあまり普及していなかった時代には、慣れない話し手は用意した原稿を棒読みしていたものです。それでも、聴衆の目が話し手に向いているだけ、どんな人だったかは記憶に残るので、まだましでした。しかし、スライドの解説に終始した場合、聴衆の目も耳もスライドに奪われていることになります。つまり、話し手の存在感がまったくないということです。
なぜスピーチを行うのか。原点に返りましょう。それは、自分の肉声を通じて伝えたい、大切なメッセージがあるからです。それなのに、話し手から聴衆の関心をそらしてしまうのでは、本末転倒ではないでしょうか。 本書では、話し手と聴衆のコミュニケーションをきちんと成立させること、考えをきちんと整理し、練った言葉で表現し、自然な身振り手振りでメッセージを伝えるプロセスをスピーチの王道と考え、その方法について解説していきたいと思います。
ですので、スライドは原則的に、語りだけでは伝わりにくい情報を伝える補助手段として位置づけます。多くの言葉よりも1枚の写真が雄弁である場合、また、関係性が入り組んだ複雑なコンセプトを説明する場合などです。
残念ながら、スピーチ、プレゼンを問わず、その準備時間のほとんどを、話す内容よりスライドなどのビジュアルづくりに注いでしまっているケースが多々見受けられます。それならば極端な話、リアルタイムの生の場である必要はなく、図版と解説文の配布資料で済んでしまうのではないでしょうか。それで聴衆の共感を呼んだり、心が動いたりするとはとうてい思えません。あくまでも主役はスライドではなく、スピーカー自身なのです。