人は、ロジックだけでは動かない

 スピーチを行うに際して、説得力の源泉となるのが、ロジック(論理)、エモーション(感情)、トラスト(信頼)です。これら3つの要素を聴き手に届けることができれば、人や組織を動かすことができるのです。

 ロジックの重要性は、言うまでもないでしょう。話すことが、理にかなっていなければ、聴き手は納得しません。明確な主張とその理由、そして、裏付けとなる事実とデータが提供される。このように話がロジカルであれば、聴き手は話し手の主張を理解します。

 皆さんは、大学でも、会社に入ってからも、こうした訓練をしっかりと受けてきたことと思います。バーバラ・ミントの名著THE PYRAMID PRINCIPLE(邦訳『[新版]考える技術 書く技術』)が1990年代半ばに出版され、マッキンゼー流のロジカル・シンキングの技術が世に出ました。その後、2000年代に入って、こうした技術をさらに分かりやすく解説した本が数多く出て、ロジカルな思考法は、ビジネスパーソンの必須のスキルとなりました。

 しかし、そんな中、思いを語ったり、感情を表現したりすることが苦手なビジネスパーソンが増えているような気がします。ロジックの世界は客観性が重視される世界であり、思いや感情といった主観を排することが求められます。「おまえの意見はいい、事実を示せ」、「感情を排して、冷静に議論しろ」。そのように主観を削るよう求められる余り、思いを持つこと、感情を抱くこと、そして、それらを表現することに抵抗を感じるようになっている人が多いのではないでしょうか。

 人はロジックだけでは動きません。いくら主張が理にかなっていても、感情が揺さぶられないと、人は行動のエネルギーが湧いてこないからです。「頭では分かっているけど、どうもやる気になれない」。多くの皆さんがそんな思いを経験したことがあるのではないでしょうか。まして人を自発的に動こうという気持ちにさせるためには、喜怒哀楽の感情を動かす情動への訴求が必要なのです。

 これまでに、新しいこと、ワクワクすること、世の中にとって価値あること、他の誰かを幸せにすること。そんなことに心が惹かれて、損得勘定を忘れて、つい参加してしまった活動はありませんか?そんな時、皆さんはロジックではなく、エモーションが刺激されて動いていると言えるのです。話し手は、聴き手をそんな気持ちにさせることで、思わず動きたくなる、協力したくなるという、内なる動機に基づいた自発的な行動を引き出すことが可能となるのです。

 聴き手の感情に訴えるためには、話し手自身が同じ感情を抱いていないといけません。どれだけ表に出す、出さないは、人それぞれかと思いますが、思いを抱くことが必要なのです。人は共感する生き物です。他人の快感や苦痛をまるで自分のものであるかのように経験するのです。心の中で抱いた思いと、その底流に流れる感情は、必ず相手に伝わるのです。