思いを語れば心に響く、心に響けば動きたくなる
説得力の源泉である3つの要素のうち、1番大切なものがトラストです。聴き手は、話し手を信頼できないと、主張を受け入れることができません。なぜならば、どんな主張にも、不確実な要素が存在するからです。話し手が、「必ずこうだ」、「絶対にこうなる」といくら根拠を示して主張しても、本当か否かは、実際に結果が出るまで分かりません。主張が100%確かだとは誰にも言えない中で、聴き手は、話し手を本当に信じて頼ることができる存在なのかを見極める必要があるのです。
具体的には、専門性と誠実さが問われます。話し手が話題について十分な知識や経験を持ち合わせているか、話に嘘偽りがないか、言ったことをきちんと実行するかということが、問われることとなります。さらには、相手の利益に配慮する思いやりや利他の心を持っているかという点も大切です。
聴き手は、言葉の端々から感じられる表現の微妙なニュアンスや、話されたことから伝わる性質や価値観を感じ取ることで、話し手に対して、どこまで信頼を寄せることができるかを判断します。さらに、表情、声、仕草などの体が発するメッセージからも情報を得ようとするのです。
聴き手から信頼してもらうために1番大切なことは、話し手の方から先に、聴き手を信頼することです。信頼の証は、心をオープンにすることです。思いや経験を率直に伝える自己開示は、そうした1つの方法です。自分が相手に対して行ったことは、相手も自分に対して行ってくれるものです。自分が心を開けば、相手も心を開いてくれるのです。
米国の神経経済学者ポール・J・ザックによると、人は信頼されると、「オキシトシン」というホルモンを分泌し、相手に対してより深いつながりを感じ、共感するそうです。そして、共感した人は、相手に対する深い思いやりの心を持った道徳的な行動をとるという、信頼と共感のメカニズムを科学的に解明しました。
ロジックに加えて、エモーションとトラストを聴き手に届けることができれば、損得勘定を超えた、内なる動機に突き動かされた自発的な行動を促すことができるということが科学的にも証明されつつあるのです。
ビジネスパーソンには、今、思いを語ることが求められているのではないでしょうか。主観を語るためには勇気がいります。思っていることをそのまま口にしていいのだろうか、波風が立つのではないか、批判されるのではないか。そんな不安が常につきまとうかもしれません。
しかし、思いを語れば、相手の心に響きます。心に響けば、人は思わず動きたくなり、協力したくなります。先が読めない昨今、答えゼロの未知の分野を前進して行くためには、思い、志、ビジョンといった主観を語ることが必要です。勇気を出して思いを語れば、その思いに共鳴してくれる人が必ず現れるのです。
ビジネスの成功は、内なる動機に突き動かされた一握りの人たちの存在にかかっています。損得のディールではなく、思いやビジョンの共鳴を起こす力が大切なのです。
新しいこと、ワクワクすること、世の中にとって価値あること、他の誰かを幸せにすること。そんなことを一緒に成し遂げたいと、思わず動きたくなる、協力したくなる。人々の内なる動機を刺激する、そんなメッセージの発信力がビジネスパーソンに求められているのです。
次回から、3回にわたって、思いが伝わる、心が動く、スピーチの技術について、解説します。是非、ご覧いただければと思います。
(つづく)
【書籍のご案内】
◆スピーチ力を高めるには◆
『思いが伝わる、心が動く スピーチの教科書』好評発売中!
佐々木繁範[著]
直接語りかける言葉には、聞き手の心を動かす力があります。ソニー盛田昭夫、出井伸之元CEOのスピーチ原稿を担当した著者が、スティーブ・ジョブズなど世界の名スピーチを徹底解剖! ストーリー構成から話し方、当日の心得まで、基本プロセスをすべて網羅。聴衆の感情と行動にインパクトを与えるスピーチづくりのコツを教えます。
●46判・並製・1,680円(税込)
ご購入はこちら! ⇒[Amazon.co.jp] [紀伊國屋書店BookWeb] [楽天ブックス]