効果的なストーリーの流れ:事件→葛藤→解決→教訓

 これら3つ要素を兼ね備えたストーリーは、実際に、心に響きます。具体的に、前回解説したオリンピック東京招致チームジャパン・プレゼンテーションで、パラリンピアンの佐藤真海選手が語ったストーリーを例に、見ていきたいと思います(日本語訳の出所は、『ハフィントンポスト』「オリンピック東京プレゼン全文、安倍首相や猪瀬知事は何を話した?」2013年9月8日)。

事件(状況設定)
 まず、ストーリーの冒頭で、きっかけとなる出来事である事件を描きます。具体的には、いつ、どこで、誰が、どんな状況下で、どんなことが起きたか、について触れます。実際のスピーチでは、この部分をできるだけ短く語ることが肝要です。ここをダラダラと話してしまうと、聴き手の集中力が途切れてしまい、後に続く話を聞く気が失せてしまいます。佐藤選手は、次のように端的な描写で、ストーリーを始めました。

「19才の時に私の人生は一変しました。私は陸上選手で、水泳もしていました。また、チアリーダーでもありました。そして、初めて足首に痛みを感じてからたった数週間のうちに、骨肉腫により足を失ってしまいました。」

葛藤
 次に、葛藤を描きます。起きた事件でどんな困難に直面し、どんな葛藤があったか。その克服のために何を行ったのかについて描きます。実際のスピーチでは、起きたことだけでなく、そこで何を思い、何を感じたか、ありありと心情を描くことが肝要です。そのことで、聴き手の心が掻き立てられるからです。佐藤選手は、2度の困難に遭遇したことに触れました。

「もちろん、それは過酷なことで、絶望の淵に沈みました。でもそれは大学に戻り、陸上に取り組むまでのことでした。

 私は目標を決め、それを超えることに喜びを感じ、新しい自信が生まれました。そして何より、私にとって大切なのは...私が持っているものであって、私が失ったものではないということを学びました。私はアテネと北京のパラリンピック大会に出場しました。スポーツの力に感動させられた私は、恵まれていると感じました。

 2012年ロンドン大会も楽しみにしていました。しかし、2011年3月11日、津波が私の故郷の町を襲いました。6日もの間、私は自分の家族がまだ無事でいるかどうかわかりませんでした。そして家族を見つけ出したとき、自分の個人的な幸せなど、国民の深い悲しみとは比べものになりませんでした。」

解決
 ストーリーの締めくくりは、最終的にどのように解決したかを描きます。何が解決の糸口となったか。それにどう対処して決着に至ったかなどについて触れます。佐藤選手は、困難を乗り越えて、希望をつかんだ様子を生き生きと描いています。

「私はいろいろな学校からメッセージを集めて故郷に持ち帰り、私自身の経験を人々に話しました。食料も持って行きました。ほかのアスリートたちも同じことをしました。私たちは一緒になってスポーツ活動を準備して、自信を取り戻すお手伝いをしました。

 そのとき初めて、私はスポーツの真の力を目の当たりにしたのです。

 新たな夢と笑顔を育む力。希望をもたらす力。人々を結びつける力。

 200人を超えるアスリートたちが、日本そして世界から、被災地におよそ1,000回も足を運びながら、50,000人以上の子どもたちをインスパイアしています。」

教訓
 ストーリーの後に、どんな教訓を学んだかをまとめます。そのうえで、聴き手に届けたいメッセージを伝えます。実際のスピーチでは、ここが一番大切です。ストーリーは、教訓とメッセージを届けるために語られるのですから、「この経験を通じて、自分はいったい何を学んだのか?」ということを繰り返し自問自答しながら、深い学びを引き出すことが肝要です。佐藤選手は、オリンピックにからめて教訓を伝えました。

「私たちが目にしたものは、かつて日本では見られなかったオリンピックの価値が及ぼす力です。そして、日本が目の当たりにしたのは、これらの貴重な価値……卓越、友情、尊敬……が、言葉以上の大きな力を持つということです。スポーツは、私に人生で大切な価値を教えてくれたのです」

(※最後の一文は、スピーチの冒頭で述べられたものですが、全体の締めくくりの言葉として相応しいものであるため、この箇所に配置しています。)