世界でただ1つの、自分だけのストーリーを語ることで、聞き手の心が動く――。そこから一歩進んで、聞き手自身が思わず行動したくなるビジョンの描き方を紹介し、連載の締めくくりとする。『思いが伝わる、心が動く スピーチの教科書』 佐々木氏の好評連載、いよいよ最終回。
ワクワクする未来像を示す。これがビジョンを描くことです。人は、取り組んでいることが、どのような結果をもたらすのか、ワクワクする未来像を思い描くことができれば、やる気が起きます。いちいち指示されずとも、自発的に物事に取り組むようになります。困難が続いても、何としても乗り越えようという勇気が湧いてくるのです。
有名なイソップ童話の1つに、こんな話があります。中世ヨーロッパのこと。3人のレンガ職人が忙しそうに働いていました。そこを通りかかった旅人が、3人に、「あなたは、何をしているのですか?」と尋ねました。1人目の職人は、「私は、レンガを積み上げているのです」と答えました。2人目の職人は、「私は、壁を作っているのです」と答えました。そして、誰よりも生き生きと仕事をしていた3人目の職人は、「私は、大聖堂を造っているのです」と答えました(ちなみにピーター・ドラッカーは『現代の経営』でこの寓話を引きながら、働く目的と動機付けについて説いています)。
職人にとって、レンガを積み上げる仕事は、退屈な作業かもしれません。しかし、その仕事が、実は大聖堂を造るために必要な、大切な仕事の一部であること。そして、それが完成すれば、たくさんの苦しんでいる人たちに希望を与えることを知った時、レンガ職人の仕事に対する見方と姿勢が変わります。未来像を示し、取り組んでいることの意義を伝えることで、人の心を奮い立たせることができるのです。これがビジョンの力です。
1997年、スティーブ・ジョブズはどん底状態のアップルに復帰しました。そして、最初に行ったことが、ビジョンを示すことでした。ジョブズは、アップルとは何か、自分たちはどんな人間なのか、ということを世の中に示し、社員に分からせる必要があったのです。そのために、自分たちにとって誰がヒーローなのかを示したい。そんな考えから、”Think Different“というブランド・ビジョンを世の中に発信していったのです。
リスクを取り、失敗にめげず、人と違うやり方に人生を賭けたクリエイティブな人たちとして、アインシュタイン、キング牧師、ジョン・レノン、マリア・カラス、ピカソ他を取り上げ、このような生き様が、自分たちの目指す姿であることを示しました。アップルは、コンピュータを使ってクリエイティブな人たちの創造性を解き放ち、世界を変えていく。こんなビジョンを強烈に訴えることで、社員やファンの心を奮い立たせたのです。