ケロッグ留学時代のコトラー教授

 私がケロッグで学んだのはもう27年も前の話になるが、コトラーの講義で印象的なことがあった。コトラーは、自分とは違う流儀のマーケティング論者の本を心底面白そうに学生に紹介していたのである。たとえば、当時は、MAXI-Marketingという概念(今で言うCRMのような考え方)を唱え始めたスタン・ラップとトーマス・コリンズを紹介していた。彼らは、正統派のマーケティングとは全く違う考え方で、しかもアカデミックから離れたビジネス書だったので、当時はちょっと意外であった。しかし今から考えると、マーケティングの領域の新しい動きを常にチェックしていたコトラーは、「面白い!」と思うものであれば、境界を設けず、自然と学生に紹介していた事がわかる。

 さらに、彼は、オーソドックスな科目を繰り返し教えることはなかった。例えば当時であれば、「インターナショナル・マーケティング」や「パブリック&ノンプロフィット・マーケティング」を教えていたが、暫くしたら『ニューコンペティション―日米マーケティング戦略比較』、『非営利組織のマーケティング戦略―自治体・大学・病院・公共機関のための新しい変化対応パラダイム』等といった新領域に関する本を出版していた。これらを見て、「なるほど、コトラーは自分の関心領域を教えつつ、出版して集中的に攻略してゆくのだ」、と感心した記憶がある。

常に新しいことを取り入れ、進化する

 ケロッグでは、自らリーダーシプを発揮し、イベント等を企画・実行して周囲を「あっ」と言わせることが暗黙裏に奨励されていた。そこで我々日本人留学生も「ジャパン・アド・ナイト」というイベントを企画し、日本の面白CMを見せ、自分たちなりの解説をし、ゲスト講師としてコトラー先生にもコメントをしてもらったことがあった。どんな話をしてもらったかは失念したが、この時も彼は「面白い、面白い!」と極めて上機嫌であった。

 そういえば、授業でも、研究室でも、日本でのイベントでも、不機嫌なコトラー先生というのは見た事がない。何事にも上機嫌で、新しいものを受け入れる軽やかさがとてもコトラーらしい。そして、これほどの大家が誰に対しても偉ぶったりすることはない。この謙虚さが人と情報を呼び、軽やかさを生み出しているのだ。

 ちなみにコトラーは2013年6月に来日している。このときは3泊4日で、700名を前にフォーラムを開催し、さらに他の企業向けに講演し、メディアからの取材を受けるという弾丸スケジュールをこなした。その中で唯一自由になる時間があって、ホテルでゆっくりするか、長年の趣味である“根付け”の買い物をするか等、仕事以外でゆっくり過ごされると思いきや、「(東京の)エキナカが見たい」、と82歳とは思えぬマーケティングへの飽くなき好奇心と行動力を示したのであった。この尽きぬ好奇心と新しい現象に対するオープンネスこそが80を過ぎてなお現役で新しい概念を提唱する原動力なのだ。