アメリカでコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)へ注目が集まるようになったのは、2000年代後半からである。いったいどのような理由から、CVCへと目が向けられるようになったのか。ベンチャー・キャピタル(VC)が圧倒していた90年代から現在までの変遷を読み解く。

活況に沸くCVC投資

 日本でもようやくITセクターにおいて、CVC投資に積極的な動きが出て来たことは前回述べた。しかしながら、この動きは日本でまだ始まったばかりである。

 それに比して、米国における現在のCVC投資の活況は、目を見張るものがある。その背景には様々な要因があろう。もちろん、マクロ的な状況の変化もそのなかの一つの動因となっている。また、通常のVC投資の状況の変化にも注意を払わなければいけない。今回はその要因について考えてみたい。

VC投資が圧倒した1990年代

写真を拡大
樋原 伸彦(ひばら・のぶひこ) 早稲田大学ビジネススクール准教授。1988年東京大学教養学部卒業、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。世界銀行コンサルタント、通商産業省通商産業研究所(現・経済産業省経済産業研究所)客員研究員、米コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所助手、カナダ・サスカチュワン大学ビジネススクール助教授を経て2006年立命館大学経営学部准教授。2011年から現職。米コロンビア大学大学院でPh.D.(経済学)を取得。専門は金融仲介論とコーポレートファイナンス。

 90年代半ばから後半、アメリカを中心にVCによるITセクターへの投資が、急激に伸びた。いや、伸びたという言葉では不十分かもしれない。シリコンバレーに限らず、米国の東海岸でも、それまでVCと名乗ったことが一度もなかったようなファンドもVCと名乗り、ITセクターのスタートアップに湯水のようにお金を流した。当然、投資先の評価(Valuation)も高騰し、「ニュー・エコノミー」という単語が踊り、高い評価を正当化するために、多くの「新しい」企業価値評価の算定方法が必死に考え出されていた。筆者もその当時、ちょうどNYにいたが、誰もが「どのビジネスもすべてネットに乗ることになる」ことが当然だと信じ切っていた。

 通常のVCから資金がふんだんに提供されていたことで、CVCや事業会社からの直接投資は、起業家側からは敬遠された。というのも、前回述べたCVCの本筋である戦略的なリターンを事業会社は追求するとの前提から、当時の起業家は、自社の技術が事業会社に乗っ取られてしまうことを懸念し、そのリスクに神経質になっていた。通常のVCからの潤沢な資金があったので、当時のコンセンサスは、「一流の起業家はCVCからは資金を調達しない」というものであった。実際、特にITセクターの知的財産の保護には限界があり、事業会社にコア技術を持って行かれた例は少なからずあったようだ。例えば、Dunshnitsky とShaverが2009年に出した論文にはそのような実例を確認している(注)。