「企業をどうしたいか」により、設計図は変化する

 これをわかりやすく解説しよう。建物の建築を例にとろう。もし「良い建物を建てたい」と思えば、先ずやらなければならないのは「良い設計図を手に入れる」ことである。そのためにはその建物に要求されている環境的なニーズや要件を考え、自分の土地やカネなど手持ち資源を量り、建築士と相談しながら設計図を練り上げていかなければならない。経営ではこの「環境との関わり方に関する長期的設計図」を、経営戦略と呼ぶ。

 次に設計図さえよければ、良い建物が立つかというとそんなこともない。大工を手配し必要なカネや資材を集め、図面通りに工事が運ぶように日程計画を立て「Plan-Do-Check-Act」のサイクルに落とし込み、そして工事のチームをコントロールしていかなければならない。この実行のシステムやプロセスを「マネジメント・コントロール」と呼ぶ。マネコンのシステムやプロセスも設計が必要であり、そして実際に現場をリード(Do)していくことが必要となる。これらがトップの役割である。コントロールの対象は、ヒト・モノ・カネ・情報という経営資源だが、もちろんモノ・カネ・情報はヒトによって働きが生まれるので、ヒトが最も重要なリソースとなる。ヒトのマネジメントがマネコンの本質である。

 設計図、つまり経営戦略を決める時、実はもう一つ重要な決定要素がある。それは「どんな建物を建てたいのか? その建物でどんな暮らしをしたいのか?」といった施主の価値観である。企業経営では、これを経営理念と呼ぶ。経営理念とは組織が共有すべき理想や価値観、行動規範の総称のことである。経営理念の説明をする時、私は「織田信長・桶狭間の戦い」をよく例にもち出す。今川義元の軍勢10万人を前にして、手勢8千人の織田信長はどんな軍略を描いたか。普通の人がロジカルに考えると、出てくる結論は「勝利は不可能、敵の軍門に下る」くらいであろう。しかし信長の理念は「天下取り」であり、「降伏するくらいなら死を選ぶ」という強い信念をもっていたために、一点突破の奇襲作戦を敢行し、世を切り拓いたのである。つまり戦略や戦術を決めるのは、理念なのである。経営も同じで、「何がやりたいか? 何をなすべきか?」が決まらなければ設計図は引けない。

 日本のトップに「この企業をどうしたいですか。貴社の製品サービスを通じて社会とどう関わりたいですか。」という質問を投げかけると、明快な答えをスパッと返してくれるトップは実は少数派である。世界一になりたいのか、ローカルでそこそこの利益を確保し続ける企業でいたいのか、設計図は全く違うはずである。