我々は、顧客からその5ドルを実際にもらおうとは考えていなかった。サービスに強い関心を示す人――デリケートな個人情報を教えてでも、試験運用の最初の利用者になりたいという人たち――がどれほどいるかを知りたかったのだ。その結果、クレジットカード情報の提供をいとわない人が相当数いることがわかり、我々の方向性の正しさが裏付けられた。

 この種の実験からは、別の大きなメリットも得られる。多大な経営資源を投入して手遅れになる前に、アイデアの重大な欠陥がきわめて明白に示されるのだ。たった1回でも具体的な実験をして得られた結果は、過去の市場データの山に勝るとも劣らない価値がある。

 ある教育関連会社は、学校による教師の採用活動の質と効率を改善する、という事業コンセプトを考えていた。それは当初、非常に有望に思われた。学校側も教師候補者も長い間、「紙の履歴書だけでは指導能力や対人スキルが十分に伝わらない」という不満を抱えていた。そこでこの会社は考えついた。候補者が実際に教える様子を短い動画にして、それを学校側に見せるという新しいサービスはどうだろう? 候補者と学校の両方が、このアイデアを大いに歓迎した――少なくともコンセプトの段階では。

 そしてこの会社は、実際に教師候補者を募って動画を作成しようとした。一部の大学の教員養成課程でこの新サービスを宣伝し、オンラインのフォーラムなどで告知した。しかし反応はまったくなかった。申込者には100ドルを進呈するというキャンペーンまで行ったが、それでも応募はなかったのだ。

 抽象的なアイデアをいざ実行に移してみると、教師候補者たちは沈黙してしまった。動画を通じて自分を売り込むというコンセプトには賛成したものの、実際やるとなると、自分がどんな印象を与えるのか心配になったのだ。

 これまで紹介してきた実験ではいずれも、何らかの見本が使われていることにお気づきだろう。オンラインのツールが進化し3Dプリントの低価格化と普及が進むにつれ、多額の投資をせずにアイデアを形にすることがますます容易になっている。

 たとえば、1型糖尿病患者向けにインスリンポンプを製造するあるメーカーは、現行のポンプのデザインが顧客に好まれていないことを認識していた。そしてサイズや形状の違いに顧客がどう反応するかを知りたいと考えた。そこでロードアイランド州の小さなデザイン会社とともに、外見、感触、重さをさまざまに変えてリアルな試作品をいくつも作成した。そして顧客に手に取って試してもらい、既存の製品と比較してもらった。こうして同社は、何百万ドルという費用を投じて全面的にデザインを刷新する前に、非常に重要なフィードバックを得ることができた。

 ここで挙げた実験はいずれも、数十万ドルもの費用や膨大な人員・時間がかかるものではない。しかし重要なデータを短期間でもたらし、イノベーターがアイデアを補強するための役に立っている。あるいは教育関連会社の例のように、断念するためのよい判断材料を示してくれる。自分の提案に説得力を持たせるためには、考え抜かれた1つの実験が、1000ページ分の過去のデータにも劣らず有益なのだ。ならば少し余分に労力をかけることは、十分に報われるのではないだろうか。


HBR.ORG原文:Why You Have to Generate Your Own Data April 21, 2014

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スコット・アンソニー(Scott Anthony)
イノサイトのマネージング・パートナー。同社はクレイトン・クリステンセンとマーク・ジョンソンの共同創設によるコンサルティング会社。企業のイノベーションと成長事業を支援している。主な著書に『イノベーションの最終解』(クリステンセンらとの共著)、『イノベーションの解 実践編』(ジョンソンらとの共著)などがある。