そこで考案されたのが、3段ボックスに種類の違う菓子を入れ、毎週配達人が訪問して、売れた菓子の補給と一段分を別の菓子に入れ替えていくやり方であった。この方法であれば、3週間で菓子の種類は一新され、飽きの問題を解決できた。問題は代金の回収であったが、これも固定費はかけずに、購入者が貯金箱に代金を投入する信頼関係に基づいたシステムを採った。このシステムは「オフィスグリコ」と名付けられ、2002年から開始された。オフィスグリコの展開にあたって、1つの決断が下された。それはボックスの中に、競合企業の商品も入れることであった。「ジョイモア」ではグリコの商品しか入っていなかったが、グリコの商品だけでは、バラエティが乏しくなる。顧客にとっては、選択肢が豊富な方が満足度は高まる。そこでグリコは、別のチャネルでは競合している他社品をボックスに入れるようにしたのである。

 社内では、「敵の商品を売るのか」という声も出たが、この仕組みは「参入障壁の構築」という副産物を産んだ。すなわち、グリコが上手くいけば、より広い商品ラインを持つ大手菓子メーカーも同質化を仕掛ける可能性は高い。ところが、オフィスグリコで既に競合企業の商品も買えることから、1度設置した企業は、もし他の菓子メーカーから同じような提案を受けても、わざわざスイッチする必要は低い。すなわち他社品の取扱いが、ユーザーのスイッチング・コストを高くし、競合の参入障壁を高めたのであった。ここに「競争しない競争戦略」のポイントがあった。

「競争しない競争戦略」は消極的な戦略か

 本連載の初回に示したように、「競争しない競争戦略」のポイントは、「分けること(棲み分け)」と「和すること(共生)」にあった。そしてその具体的戦略として、ニッチ戦略、不協和戦略、協調戦略の3つを取り上げた。

連載2回目に示したニッチ戦略では、リーダー企業に追随(同質化)されないように、技術を常に磨きつつ、かつリーダーが参入しないように市場規模をコントロールしながら成長するという、微妙な“さじ加減”が求められる。リーダーと競争しないために小さい市場に逃げ込むだけでは、長期間持続可能なニッチ戦略にはならない。3回目の不協和戦略においては、リーダーの強みを弱みに転化させる要因を探し出し、先手を打って仕掛けていくことが重要である。リーダー企業が自社のカニバリゼ-ション(事業の共喰い)も覚悟した戦略を先行されると、不協和戦略は効果がなくなってしまうからである。

 そして今回の協調戦略は、バリューチェーンの一部の機能に特化して、競争しない戦略を構築するものであった。売上の拡大を目指して、その機能を前後に広げていくと、前後の機能を提供している企業と食い合ったり、相手企業の付加価値を奪っていくため、協調が成り立たなくなる。そのため協調戦略では、機能の前後への拡張ではなく、バリューチェーンに入り込める企業数、自社のバリューチェーンに組み込む企業数を増やし、その部分において寡占を作っていく方が望ましい。

 「競争しない競争戦略」と言うと、激しい競争から逃げ出す消極的な戦略を想像するかも知れない。しかし本連載で示したように、競争しない戦略は、自ら仕掛けていく積極的な戦略なのである。

【注】

1)その他の事例に関しては『競争しない競争戦略』(日本経済新聞出版社、2015年3月20発売)を参照。

2)「GEの破壊力」『日経ビジネス』2014年12月22日号

3)本ケースは早稲田大学山田英夫研究室+博報堂コンサルティング「ビジネスモデル研究会」をベースにしている。