しかし残念ながら、日本の企業の場合、そもそもマーケティングを戦略的に行う部署が存在しないことが多い。そのため、共創コミュニティあるいはソーシャル・メディアを活用したマーケティング戦略全般にいえることだが、そもそも組織全体としての戦略的な取り組みにするのに一苦労である。

 今回紹介した、サッポロビールの共創コミュニティは、中期経営計画の中で明確に位置づけられ、トップダウンで進められたプロジェクトであった。共創コミュニティを成功に導くには、日本企業の組織特性を考慮し、途中で頓挫しない仕組みを作ることが必要である。

 日本企業はものづくり(研究開発・生産)と営業の現場が伝統的に強いため、いわゆるアメリカ流の中央集権型マーケティングは馴染まないという指摘がある(注4)。10年以上前の話になるが、筆者の研究において、日本企業を対象に調査を行った際にも、マーケティング部門という名称の部署が存在する企業はほとんど存在しなかった。当時も今も、技術者自身が顧客に直接会って、潜在ニーズを洞察するという活動は頻繁に行われている。営業も然り。たとえマーケティング部門が存在しなくても、技術や営業の担当者がマーケティング機能を担っているのが日本企業の特徴である。

 日本において、マーケティング視点のオープン・イノベーションを実現するには、欧米とくにアメリカ社会とは、理論の前提となる社会の現実が異なることに注意が必要だ。フィリップ・コトラー教授が2013年に来日した際、日本にはCMO(Chief Marketing Officer、最高マーケティング責任者)がほとんどいないと指摘したが、私自身の研究に基づけば、CMOのみならず、専任のCIO(Chief Information Officer、最高情報責任者)がいる日本企業も少ない(注5)。そもそもマーケティング戦略や情報戦略を中央集権的にトップダウンで遂行するという経営のあり方が、日本では主流ではない証拠だ。

 他国で話題のオープン・イノベーションを木に竹を接ぐ形で導入しても、一時的なブームに終わってしまう可能性が高い。共創の時代を迎えるには、各企業が戦略的な位置づけを明確に行い、トップダウンで遂行していくことが必要である。

 最終回では、革新的なイノベーションを実現するための新たな取り組みとして文部科学省が推進するイノベーション対話促進プログラムを紹介し、最先端の技術シーズと将来の市場のニーズを結びつける、新しいオープン・イノベーションのあり方について考えてみたい。

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(注1) 星野達也(2015)『オープン・イノベーションの教科書:社外の技術でビジネスをつくる実践ステップ』ダイヤモンド社。

(注2) 川上智子(2005)『顧客志向の新製品開発:マーケティングと技術のインタフェイス』有斐閣。

(注3)  セオドア・レビット著、土岐坤・DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部訳(2002)『レビットのマーケティング思考法:本質・戦略・実践』ダイヤモンド社。

(注4) 山下裕子・福留言・福地宏之・上原渉・佐々木将人 (2012) 『日本企業のマーケティング力』有斐閣。


(注5) Kawakami, T. S.S. Durmusoglu and G. Barczak (2011), “Factors Influencing Information Technology Usage for New Product Development: The Case of Japanese Companies,” Journal of Product Innovation Management, 28(6), 833-847.