しかしこの時点でも、組織とは無能な上司がはびこる場所で、部下は極めて危険な環境にいるのだという認識は変わっていない。ニールセンとガイペンの主張によれば、部下は上司に接する際に、6つの問いを絶えず自問しながら被害を切り抜けようとしている。①上司は自分の幸福を思ってくれているか。それとも自分を競争相手と見なし、つぶそうとしているのか。②自分は上司の意向に沿った仕事ができているか。それとも上司の真意を掴みかねているのか。③自分がもし改善のための提案をしたら、上司は自分を評価してくれるのか、それとも罰するのか。④自分は今の仕事において有能か。⑤上司を見習いたいか、それとも反面教師として距離を置きたいのか。⑥上司との関係は親密であるべきか、それとも仕事上のドライな関係であるべきか。

 これらの判断を誤ると悲惨な結果を招きかねず、部下は自己防衛のために多大なエネルギーを費やしているという。とても身につまされる分析だ。キャリアにおいて、こうしたことを考えずに済む人はいないだろう。では、どうすればいいのか。まず大事なのは、上司と部下との間に緊張関係があるという事実を認めることだという。しかし、従来の経営思想家やマネジャーと同じように、ニールセンとガイペンも「上司がどうすべきか」という観点から解決策を提示している。なぜなら、より大きな影響力を持ち実行できるのは上司だからだ。

 こうした流れの中、翌年に「部下にもできることがある」と初めて提えたのが、ハーバード・ビジネススクール教授のジョン・ガバロと若き准教授ジョン・コッターだ。2人の考え方はその後長く支持されることになる。1980年に発表された論文"Managing Your Boss"(邦訳「上司をマネジメントする」)は、1988年、1995年、2005年の再掲でも色褪せず有益であり続け、今もなお一読に値する。

 無能なマネジメントという問題を解決するにあたり、最終的に物事を変える力を持っているのは上司の側であるという点については、この2人も同様だ。ただし、上司と部下の関係性が本質的に敵対的だという前提は受け継いでいない。両者の関係は善意のうえに成り立ち、上司が部下を助けやすくなるよう、部下のほうからも働きかける責任があると主張する。そのために部下はまず、上司の目標、強みや弱み、組織内でどんなプレッシャーを受けているか、などを理解しなければならない。そして上司の好む仕事のやり方に、自分を合わせる必要があるという。たとえば、情報は書面で受け取りたいのか、正式な会議で知りたいのか。衝突を歓迎するタイプなのか、最小限に抑えたいのか。

 賢い部下は、上司が必要な知識をすべて持ち合わせているわけではないと心得ている。したがって、何を期待されているか明確でない場合は、部下のほうからそのことをはっきり伝える必要がある。そして上司に常に情報を提供し、責務を忠実に全うし、必要に応じて助力を仰ぐのは、部下の仕事だ。「部下が上司に日頃提供している情報は不十分であったり、部下が上司の知識を過大評価したりするのは、珍しいことではない」と、ガバロとコッターは戒める。