低金利あるいは低資本コストの問題
投資決定の基本に戻って考えてみよう。もしあなたに、年利2%でいくらでも資金を融資してくれる懇意な銀行が存在したとしよう。そのあなたの前に年利5%相当で資金を運用できる投資機会が現れたとしよう。そんな話が存在したら、それでROEがどうなろうと、あなたはその投資機会を掴もうとするに違いない。もし、あなたの昨日までの平均的な資金運用成績は年利7%だったとすれば、その投資機会を掴むことにより平均的な資金運用成績つまりROAは低下するし、そこで企業が資本政策を特に変更しなければROEも低下することになるが、しかし富全体は大きくなるからである。
言うまでもないことだが、こう考えるのが、経済学で考える合理的な意思決定である。合理的な意思決定とは、平均的な収益率を上げることではなく、限界的な運用レートが限界的な調達レートと等しくなるまで、目の前の機会を掴むことだからである。
そこに気が付けば、ROAとかROEとかの表面的な高低、とりわけ内外格差を論じるときに何に注意しなければならないかも明らかになるのではないか。ROAやROEの高低を論じるときには、その企業が立地する国や地域の資金調達レートの差を忘れてはならないのである。
その観点から日本企業の資金調達環境を振り返っておこう。もちろん、考えるべきは企業の資金調達と事業機会への投資の問題であるから、資金調達レートも「リスク込み」で考えなければならない。つまり、ファイナンス理論で言うWACC(Weighted Average Cost of Capital)で考えなければならない。だが、日米の差を議論するのであれば、この問題はあまり重大ではないと割り切って良いだろう。個別企業のリスクは、市場における分散投資によって全体として見れば大方は解消されているはずだし、市場全体としてのリスク・プレミアムも、東京市場とニューヨーク市場の株価の連動性の高さなどからみれば、そう大きなものではないように思えるからである。
ここで問題の正体が半分ほどは見えてきただろう。1970年代つまり世界が変動相場制に移行してから、多くの金利為替ディーラーたちは、日米金利差につき概ね3%程度という「相場観」を持っていたと言われる。また、実際の市場金利を観察してみても、そうした相場観は大きくは間違っていないように思われる。そうすると、日米の資本コストには概ね3%程度の差が存在し、そうした差が長期的に維持されていたとするならば、日米の収益性格差の大半はそれで説明できてしまうことになる。日本企業のROAやROEの低さは、その経営体質の違いというよりは、置かれた資本市場環境の違いがもたらしたもの、具体的には金利を低めに維持することを基調とした日本銀行の金融政策がもたらしたものと考えた方が良いのではないだろうか。