実験結果を受け、シートリップの経営チームは在宅勤務制度の効果に非常に感銘を受け、全社的に導入することを決定した。そして実験の対象となった在宅組とオフィス組の両方に、改めてどちらを選ぶか選択の機会を与えた。
ここで経営陣の予期せぬことが起こる。在宅組の半数がオフィス勤務へと戻り、対照群も――実験開始前には在宅勤務を希望したはずだが――4分の3がオフィス勤務を選んだのである。その主な理由は、自宅勤務に伴う孤独感にあるようだ。この予想外の結果が示すのは、この種の業務慣行がもたらす変化は、導入してみるまで従業員にも経営陣にも予測がつかないということだ。それはまた、新たな制度の導入に二の足を踏む企業が多い理由でもある。
我々の実験は、過去の研究とは異なるものだ。在宅勤務制度を採用した企業を個別に研究したケーススタディは多数存在し、その多くは大きな効果があったことを示している。しかし、こうした研究の信頼性は評価が難しい。実験対象となる企業や在宅勤務者が、ランダムに抽出/割り当てされていない(無作為化されていない)からだ。
この「自己選択の偏り」は、シートリップのケースでも明らかに見られた。在宅勤務制を全社的に正式採用したところ、成績の良い従業員は在宅を選び、成績が芳しくない従業員はオフィス勤務を選択する傾向が強かった。我々の推測はこうだ。モチベーションが高い従業員は、オフィス以外の場所でも集中できる自信があるため在宅を選ぶ。他方で気が散りやすい従業員は、テレビや冷蔵庫(在宅勤務の最大の敵)の近くで一日中働くことに不安を抱くのだろう。
我々の実験から、他の企業は何を参考にできるだろうか。シートリップのコールセンターはたしかに、他社の業務環境と異なる点がいくつもある。従業員の行動と成績を簡単に追跡でき、給料の半分近くをボーナスが占め、業務は従業員が単独で行うことができ、コラボレーションやイノベーションはあまり求められない。イノベーションを大いに必要とする企業は従業員間の交流を重視するため、在宅勤務制度に前向きではないかもしれない。とはいえ、シートリップと共通点が多い職種も少なからず存在する。たとえばプログラミングや技術サポート、電話セールス、基礎的な会計業務などである。また、在宅勤務のメリットのうち2つは、多くの職種に当てはまりそうだ。すなわち、自宅の平穏な環境によって生産性が上がること、そして仕事の満足度が高まることで離職率が改善することである。
したがって企業に対する我々のアドバイスとしては、少なくとも時々は在宅勤務を認め、プロジェクトや業務に個々人で集中できる機会を設けるべきである。次回に良い機会が訪れたら、1~2週間実験してみることをお勧めしたい。機会とはたとえば、悪天候、大規模な工事による交通渋滞、影響の大きい地域イベント(オリンピックやワールドカップ)などだ。
シートリップの事例が示すように、在宅勤務は企業と従業員の双方にとってポジティブな経験になると考えられ、もっと多くの企業が試してみるべきである。そして我々はヤフーに対して、今一度在宅勤務の機会を設けるようお勧めしたい。それは有能な従業員を会社に引き留めモチベーションを高める重要な手段であり、21世紀のオフィスに不可欠な要素なのだから。
HBR.ORG原文:A Working from Home Experiment Shows High Performers Like It Better January 23, 2015
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ニコラス・ブルーム(Nicholas Bloom)
スタンフォード大学の経済学教授。全米経済研究所で「生産性、イノベーションおよびアントレプレナーシップ・プログラム」の共同ディレクターも務める。

ジョン・ロバーツ(John Roberts)
スタンフォード大学ビジネススクールのジョン・H・スカリー記念講座名誉教授。経済学、戦略経営論、国際ビジネス論を担当。