ケンの説明によると、部下はただでさえ多忙で追い詰められているのに、新しいプロセスに余分な時間をかける余裕はないとのことだった。そこでデイブは、ケンが通常どのように印刷の作業をしているか尋ねた。ケンは自分のコンピュータからオフィス内のローカル・プリンタに印刷ジョブを送って見せた。そのプリンタは小さく非効率で、出力に長い時間がかかる。その後、事務アシスタントが仕上がった印刷物を別のコピー室に持って行き、ホチキスで綴じたコピーを作成したが、その出来はいかにも再コピーらしく見劣りした。

 デイブは事前に、新しい複合機の優れた特性と経費削減の効果を説明する準備を整えていた。しかしケンとの会話から別のアプローチが必要であることを悟り、ただ1つのことを許可してくれるよう願い出た。それは、自分が今その場で、ケンのコンピュータにソフトウェアのドライバをインストールすることだ。そうすれば印刷プロセスを1度ケンに見せることができる。もしケンがそれを気に入らなければ、デイブは(ひとまず)立ち去るつもりだった。

 ケンが同意し、デイブがセットアップを完了。そしてケンに文書を印刷してもらった。今回は、印刷ジョブは数部屋離れた場所にある新しい複合機に送られた。2人が歩いてそこに着く頃には、印刷物はすべてコピーされてホチキスで綴じられ、しかもきれいな画質でケンを待ち構えていた。アシスタントは不要で、階下への移動も必要なく、コピー室での完成を待つこともない。ケンは強力な支持者になった。そして他の社員たちは、あの頑固な反対派のケンが賛成派に回ったことを知り、変更は本当に有益であるに違いないと判断した。

 ケンを理解すること、そして依頼内容をケンのOKゾーンに合わせることをデイブが厭わなかった結果として、ケンはそれまで抵抗していた変更を進んで受け入れた。ケンを賛成派に引き入れるという小さなステップが、複合機への移行を本格展開する助けになった。これは些細な施策のように思えるかもしれないが、最終的に会社の経費は5年間で8,500万ドル削減された。

●相手のOKゾーンを変える

 OKゾーンを変えるには当然ながら、単純な作業を1度実演するよりも多くのステップを要することが多い。再びブライアン・ウェルの取り組みを考えてみよう。無意識の偏見に対処するグーグルの新たな方針を説明するために、彼は1時間のプレゼンを用意した(英語動画。日本語のスクリプトはこちらのサイトを参照)。

 ちなみに、改革に向けて小さなステップを積み重ねる方法を取る場合、一般的にプレゼンは最も強力な方法ではない。個人との対面による話し合いのほうがより効果的だ。しかしブライアンは短時間で多くの社員に影響を及ぼす必要があった。そして彼は話の中で小さなステップを非常に見事に用いたため、「プレゼンによる意識改革」をうまく成し遂げた。動画を見れば、彼がいかに聴衆のOKゾーンに入り、それを少しずつ彼のターゲットゾーンに動かしていったかがわかる。

 まず、彼はグーグル社員たちの特性を「データとエビデンスを好む聡明な人々」とした(0:30)。次に、人は時に最善ではない判断をする「可能性」(特に他者に関して)があることを認めるよう聴衆に促した(0:53)。それから研究結果を提示し、グーグル社員に極めてよく似た人たち(大学の研究者やシリコンバレーの人々)がいくつかの状況では偏見を抱きうることを示した(1:15)。その後、「偏見」という概念を一から定義し直した(3:20)。人は偏見があるからこそ、たとえば危険な動物を認識でき餌食になることを避けられる。つまり、偏見は状況に適応するための有益な機能でもある。