①適切な指標を見出すには時間がかかる
第1の問題は、経営上層部の真の関心事と合致するような一連の指標をつくる困難さにある。それは新たな地域市場への進出かもしれない。あるいは製品主導が顕著な企業の場合は、サービスによる収益源の創出かもしれない。しかし、イノベーションを2年以上担当している幹部たちはほぼ例外なく、最初はより一般的なアクティビティ指標(例:会社のクラウドソーシング活動への参加者数)を用いていた。その後、CEOやCOO(最高執行責任者)にとって重要な、より具体的なインパクト指標へと移行している。
②忍耐が及ばない
純利益が数十億ドル規模に上る事業においては、1年や2年で大きな効果を生み出すことは不可能に近い。昨今ホスピタリティやメディアといった主要産業で破壊的変化を起こしているスタートアップ企業の多くは4~5年をかけて、真に追求すべきチャンスを見極め、顧客を惹きつける効果的なメカニズムを築いている。結局のところそれらの企業は、うまくいく方法を見出さない限り生き残れなかったのだ。(たとえばネットフリックスの創業は1997年だが、ストリーミング配信を導入したのはその10年後だった。)
それに比べ、大手上場企業は移り気になりやすい。90億ドル規模の保険会社アシュラントのイノベーション担当ディレクター、アダム・イエガーの言葉を借りれば、「誰もが直面する課題は忍耐」である。既存事業で収益を少しずつ増やすのに比べ、「ゼロから事業を構築している場合は、急成長の段階に入るまでにずっと長い年月がかかる」と言う。どんなイノベーション指標を採用しようとも、真の効果を判定するには2~3年のデータ収集では足りないかもしれない。
③失敗を評価・測定するのは愉快ではない
ベンチャー投資家は新規事業の大半が失敗に終わることを知っている。企業のイノベーションリーダーも、アイデアの探求や実験のほとんどが結局は成功につながらないだろうと感じている。社内で最も伝統ある事業部は失敗を回避できるように進化してきたのであって、失敗を「祝う」ことなどしてこなかった――多くの最高イノベ―ション責任者はこう力説する。奏功せずに終わったスタートアップ企業との提携、あるいは数十人しかダウンロードしなかったアップルウォッチ用アプリに費やされた資金を指標にしても、ほとんどの企業ではもてはやされない。だがイノベーション活動の本質は、最先端での探求であり高リスクを伴う実験なのだ。
チョコレート会社ハーシーの幹部デボラ・アルコレオは、同社のアドバンスト・イノベーション・センター・オブ・エクセレンスを率いている。彼女の関心は、チームが数々のコラボレーションや実験(たとえばチョコレートの3Dプリント)から得る学びを指標に関連づけることだ。「実験から学ぶたびに、知識の量が増えて未知のことが減るわけです。その結果、取り組みへの投資を少し増やしてみることに前向きになれます」と彼女は言う。新たな市場と技術に関する学びは、そこへの進出の是非や方法を判断する役に立つが、数値化はしにくいものだ。