④ビジョンの重要性が見過ごされる
イノベーションのワークショップを、世界各地の支社で何回開催したか記録するのは簡単だ。イノベーションチームが開発して営業部隊に提供した追加的なサービスから、いくら収益が上がったかを集計するのも容易にできる。だが白紙の状態からイノベーションを起こす取り組みは、既存事業の育成や最適化とは本質的に異なる。アップル創業者のスティーブ・ジョブズは周知のとおり、新製品の開発でフォーカスグループに頼らなかった。スターバックス創業者のハワード・シュルツは、コーヒーを買って飲むという行為について今までにない体験を生み出したいと考えた時、市場調査をさせなかった。その結果、iPadのような製品が生まれ、希少コーヒー豆「スターバックス・リザーブ」の焙煎工場兼試飲スペースが生まれた。シアトルにオープンしたこの施設(Starbucks Reserve Roastery and Tasting Room)は、将来のスターバックス旗艦店のプロトタイプだ。
真のイノベーターになることを目指す企業は、ビジョンと本能的直観の役割を肝に銘じておく必要がある――こう語るのは、スポーツアパレルメーカーのアンダーアーマーでイノベーション担当シニアディレクターを務めるジェイソン・バーンズだ。「そのプロジェクトは収益が見込めるのか、事業にどう影響するのか、というのはチームで検証すべきことです。どれほど大きなビジネスにできるか、については誰かがビジョンを持っている必要があります」。そのようなビジョンによって生まれたのが、同社のランニングシューズ〈スピードフォーラム〉であるという。この製品はスポーツブラに用いた技術の一部をシューズの内側に採用して、履き心地を悪くする縫い目をなくしている。
⑤評価・測定に過度の労力を費やす
新しいアイデアの育成と試行に向けられるべきリソースが、評価・測定の作業に吸い上げられてしまう危険がある。金融メディア企業トムソン・ロイターでデータ・イノベーション・ラボのバイスプレジデントを務めるモナ・バーノンはこう説明する。「多くの大企業は非常に分析的です。報告と統治が徹底されていることを望んでいるのです。ということは、注意しなければ、評価・測定することにすべてのエネルギーが費やされるかもしれません」
作家E・B・ホワイトはかつて、ユーモアを分析しようとする行為を、生物の授業でのカエルの解剖になぞらえた。「興味のある人はほとんどいない。そしてカエルは死んでしまう」。ダッシュボードやスコアカードへの強い関心を企業から完全になくすことはできないし、そうすべきでもない。しかしイノベーションを評価・測定することへの執着度と、そこからブレークスルーが生まれる可能性は逆相関するのかもしれない。
イノベーションを担う幹部は、その任務を続け雇用主に貢献したいならば、経営上層部および事業部リーダーたちに投資利益率を証明できる一連の指標を編み出す必要がある。だが同時に、高リスクだが大きなインパクトが見込めるプロジェクトを育てるリソースと自由を得るために、うまく関係を築き、時に闘わなくてはならない。
HBR.ORG原文:What Big Companies Get Wrong About Innovation Metrics May 06, 2015
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スコット・カースナー(Scott Kirsner)
企業のイノベーション担当幹部向けの情報サービス、「イノベーションリーダー」のエディター。『ボストン・グローブ』誌のビジネスコラムニストも長年続けている。