スリーボックス・ソリューションは、組織の全体的なパフォーマンスの向上と、より革新的な未来の創造に寄与するはずだ。同時に、四半期単位ではなく、幾世代にもわたって生き残る組織を築くことにつながる。
バーレーンの通信会社、VIVAバーレーンの最高戦略責任者であるカリム・タボウシュは、私にこう語った。
「我が社の計画策定プロセスは、近視眼的で短期的なものとなっており、目標も局所的で直線的になっていました。スリーボックスのフレームワークは私たちに、計画策定プロセスの見直しを迫るものでした。これにより、ボックス2(過去)とボックス3(未来)の非直線的な取り組みについて意見を出し合うとともに、ボックス1(現在)での業務の卓越性に向けた改善を実行できたのです。重要なのは、3つのボックスのプロジェクトにバランスよくリソースを割り当てることです」
意外ではないが、ボックス1に重点を置く(あるいは完全に専念する)組織が非常に多い。現在とは居心地がよいものである。この領域における活動と思考は、実証済みで理解が行き届いており、事業にしっかりと根付いている。ほとんどの企業の組織構造は、過去の成功の上に築かれており、現在の中核事業の優先事項を支えるために時間をかけて改善され、中核事業から生み出されるキャッシュフローと利益の最大化を主眼としている。
これに対し、過去に捕らわれることを回避するというボックス2の作業は、困難で痛みをともなう。また、過去の支配的な成功モデルに即さないアイデアへの不快感や敵意を排するために、苦渋の経営判断が求められることもある。それは長く続いている事業の売却かもしれないし、長年の間に染み付いた行動や態度をやめることかもしれない。
そのうえ、未来を創造するボックス3の方法論は、信念に基づく賭けと実験で成り立つものであり、不確実性とリスクに満ちている。現在の中核事業を最高の水準で実行するという仕事は、ある程度安定的であり予見可能だ。しかしボックス3では、それとはまったく異なる経営戦略と指標が要求される。
3つのボックスのバランスをとるうえで、最大の課題は何か。それはボックス1での成功が大きければ大きいほど、ボックス3で画期的な戦略を着想し実行するのが難しくなることだ。この「成功の罠」は往々にして、未来を意図的に軽視するからではなく、過去の成功の影響があまりに大きいために生じる。
たとえば、玩具メーカーのハズブロは、ほとんどの大衆娯楽と同じく「ヒット主義」の業界で競争している。多数の新商品を発売し、そのいくつかが大ヒットすればよいとされる世界だ。それらがプラットフォームやフランチャイズとして発展し、当たらなかった商品の開発コストを大いに埋め合わせてくれることを見込んでいる。ハズブロには長年にわたり伝説的なヒット商品があり(ミスターポテトヘッド、G.I.ジョー、トランスフォーマー)、それぞれが成長基盤となっている。
だが20年前までは、同社はみずからを小売店向けの玩具・ゲームメーカーと認識し続けてきた。ハズブロのような企業にとってのリスクは、現状に甘んじてしまうことだ。現在の栄光に満足して、これまで安泰であったビジネスモデルを脅かしかねない環境の変化を見落としてしまうのである。だからこそ組織は、ボックス2の能力を伸ばさなくてはならない。それは過去の影響を克服し、あるアイデンティティを切り捨てて、別のアイデンティティを得るということだ。
自社は玩具とゲームのメーカーであり、顧客との関係は店頭販売時にのみ存在する――もしハズブロが自己をそう認識し続けていたら、今日の成功はなかっただろう。同社はその後十年以上をかけて、古いアイデンティティを捨てて変身を遂げた。このように、「成功の罠」にしっかり対処するためのボックス2は、ボックス3でのイノベーションを可能にするものとして非常に重要なのだ。
3つのボックスを踏まえ、重要なポイントを以下に挙げよう。イノベーションの推進と高業績事業の運営という、相反する課題の両立を目指すマネジャーにとって、大いに役立つはずである。
●ボックス1で中核事業に従事する人々の業績目標の追求を、邪魔してはいけない
ボックス1(現在の管理)においては、ボックス3(未来の創造)におけるイノベーションを実行することはできない。それでよいのだ。ボックス3はボックス1なしにはありえないことを銘記しておこう。また、ボックス3のために忘却を要することが、ボックス1にとっては依然として最重要である可能性もある。
●ボックス2は、スリーボックス・ソリューションで決定的に重要である
ほとんどの組織は、新たなモデルへと変革を推し進めるなかで、ボックス2(過去の忘却)を無視してしまう。古い考えや慣行が、新たな未来を創造する妨げとなっている場合でさえ、過去の影響に打ち勝つことは非常に困難なのだ。
企業がボックス2への意識をより高めるほど、ボックス3の目標を達成する余地ができる。ボックス3をアメフトのクォーターバックとすれば、ボックス2はオフェンスラインだ。そのおかげでクォーターバックは、ディフェンスを読み、実行し、必要とあれば即興プレーをするための時間と柔軟性が持てる。ボックス2がしっかり機能しなければ、ボックス3の攻撃は精彩を欠きありきたりなものとなるのだ。
●ボックス3では上手なリスクヘッジが重要となる
イノベーションのための実験と学びにおいては、すべてのステップが成功するとは限らない。だからこそ、リスクを抑制するプロセスを設ける必要がある。その一般的な方法は、反復的な学習ステップを通じて仮説を検証することだ。その過程で徐々に不確実性が減り、自信が高まるか、あるいはやり直しや中止の必要性が明らかになる。ハズブロが1970年代に進出した「ロンパールーム」ブランドの保育園事業は、検証とリスクヘッジがもっとうまければ奏功したかもしれない(事業は成功せず5年で撤退)。
●「ボックス3の促進」と「全ボックスのバランス」の両方に寄与する、公式のプロセスを設ける
ボックス3での活動を持続させるには、しかるべきシステムと説明責任が必要だ。ハズブロのCEOブライアン・ゴールドナーは、自社がボックス3のアイデアへと前進し続けるための仕組みとして、「マティーニ・ミーティング」と「フューチャー・ナウ」チームを始動させた。
マティーニ・ミーティングには、3つのボックスが交差しうる状況を見出すという目的もある(訳注:はじめに新技術・新発明を踏まえ多くのアイデアを出し、有望なものを絞り込み、最後に現在の事業への適用性を考える、という一連の思考プロセスが、マティーニグラスの形に似ていることから命名)。これはボックス間の関連性を強化するプロセスとなり、最終的には全ボックスのバランスに貢献するものだ。
ゴールドナーは、個人的な時間管理のレベルでは、各ボックスに自分がどの程度関心を向けたかを毎週自己チェックしている。
●スリーボックス・ソリューションを、永遠のサイクルと考える
企業は常に、現在を維持し、過去を破壊し、未来を築いている。言い換えれば、ボックス3で生み出すビジネスモデル、製品、サービスは、いつかは新たなボックス1となるのだ。
●スリーボックス・ソリューションでは、リーダーに謙虚さが求められる
なぜなら、それは本質的に「絶え間ない学び」を通じて行動を起こすための戦略だからだ。学ぶことはそもそも、謙虚な行為である。自分が何もかも理解しているわけではないと認めることだ。このフレームワークにおけるほぼすべての要素は、耳を傾けて学ぶ機会を増やすようにできている。私の経験では、最も有能なリーダーはほとんどが優れた聞き手であり、けっして傲慢でなく、最良のアイデアを見出すためなら職位や地位など気にしない。
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スリーボックス・ソリューションでは、3つの異なる時間軸にまたがって考え、行動する能力が問われる。マネジャーは常に、現在を管理し、過去を破壊し、未来を築いている。時には、どれか1つのボックスに注力せざるをえないこともあるだろう。しかし、マネジャーはチームや他の従業員とともに、3つのボックスすべてに注意を払えば、毎日を通して徐々に未来を築いていることに気づくはずだ。
(原注:本記事は、ハーバード・ビジネス・レビュー・プレス刊行のThe Three-Box Solution: A Strategy for Leading Innovationから抜粋している。)
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ビジャイ・ゴビンダラジャン(Vijay Govindarajan)
ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネスのコックス記念特別教授。ハーバード・ビジネススクールのマービン・バウワー・フェローも務める。著書は最新刊The Three Box Solution(HBR Press, 2016)、Reverse Innovation(邦訳『リバース・イノベーション』ダイヤモンド社、2012年)他多数。