経営戦略の骨格は
「組織」「目標」「道筋」
では、何をもって経営戦略の骨格といえるのだろうか。
私は、経営戦略の骨格が「特定の組織が何らかの目的を達成するための道筋」であることに異論の余地はないと考えている。すなわち、主語としての「組織」があり、到達すべき「目標」があり、それを達成するに至る「道筋」がある。
まず主語としての「組織」は、伝統的な定義では全社戦略(Corporate Strategy)、事業戦略(Business Strategy)、機能戦略(Functional Strategy)の3つの階層に要素分解される。研究開発や製造物流など一つひとつの「機能」が横串で存在し、テレビ事業や携帯電話事業などの「事業」が機能の縦串となり、その集合体として「全社」がある。古くは営利企業を主語とした議論が中心であったが、現在では、非営利組織や政府など多様な組織体も含めることに異論はないだろう(人によっては個人を含めるかもしれないが、それは極めて例外的である)。
次に到達すべき「目標」は、主語が何かによってさまざまである。主語が営利企業の場合、売上や利益の絶対額、成長率や顧客数、継続率や課金率などの先行指標が含まる。組織のビジョンや行動規範も目的となるだろう。主語が非営利組織となれば、マラリア撲滅や待機児童解消など、一企業の枠組みを超えた目標設定も行われる。主語が政府であれば、経済活性化や貿易振興などが目標となる。
そして達成するための「道筋」は、狭義では指針、方法、計画、設計図、見取り図と表現され、事前に決定される集団の行動方針である。組織が活動を行う場所(特に市場)においてどのような行動をとるべきか。それが古くから議論の中心であった。現在では新興国や移行経済の台頭により、「非市場戦略」とも呼ばれる、政府や業界団体などを巻き込んだ市場外での組織の行動も盛んに議論されている。
このように経営戦略を「特定の組織が何らかの目的を達成するための道筋」と捉えたうえで、その道筋がどのようにつくられるのか(How)までを含めて定義とする主張も多くある。たとえば、上智大学の綱倉久永教授と東京大学の新宅純二郎教授は、経営戦略の定義として以下を採用する。
「企業が実現したいと考える目標と、それを実現させるための道筋を、外部環境と内部資源に関連づけて描いた、将来に渡る見取り図」
(綱倉久永・新宅純二郎『経営戦略入門』日本経済新聞出版社、2011年、p.3)
ここでは「外部環境と内部資源に関連付けて」という要素と「将来に渡る」という要素が付け加えられており、両教授はこの2つの要素も多様に存在する経営戦略の定義の共通項であると解説する。
外部環境とは、組織の境界の外側に存在し、組織の行動に影響を与えうる要因すべてを対象とする。最も広く知られる考え方が、マイケル・ポーターの「ファイブ・フォース」であろう[注1]。まず、外部環境の状況を理解する。そのうえで、自己の最適な立ち位置(ポジショニング)を考えるなど、その外部環境に適応する最適な戦略を考えることが、外部環境からの「How」の典型的な導き方となる。
また内部資源とは、組織の境界の内側に存在し、組織の行動に影響を与えうる要因すべてを対象とする。代表的な考え方は、ジェイ・バーニーによって取りまとめられた「リソース・ベースド・ビュー」である。これは自社の持つ経営資源と、その組み合わせによってもたらされる競争力、さらにはその経営資源の組み合わせを刷新していく能力の特性に基づいて、戦略を立案する考え方を総称している。
外部環境の分析と内部資源の分析の2つを主軸として戦略の「How」を考える方法は、シンプルであり、理解しやすい。実際、欧米で利用されている教科書の大半は、道筋をどうつくるかの方法論を外部環境分析と内部環境分析の2軸から同様に解説している。
たとえば、多くのビジネススクールで採用されている経営戦略の3つの教科書、ジェイ・バーニーの『企業戦略論 上・中・下』(ダイヤモンド社、2003年)、ロバート・グラントの『グラント 現代戦略分析』(中央経済社、2008年)、そしてマイケル・ヒットの『改訂版 戦略経営論』(センゲージ、2014年)のすべてが、名称の違いはあれども、一様に外部と内部の2つの切り口による解説を行っている。また、その分析は現在よりも未来を見据えた分析であり、その結果生み出される道筋も、まだ実行されていないこれからの見取り図として提示されている。
これら代表的な著作以外でも、経営戦略の教科書として流通している書籍の大部分は、外部と内部の切り分けから解説を始める。すなわち、経営戦略をつくる「How」として、外部環境と内部環境の2本柱から考えることは、広く一般的だと言えるだろう。したがって、経営戦略を「特定の組織が、何らかの目的を達成するために、外部環境分析と内部環境分析からつくり出す道筋」と定義することも、確かに広く受け入れられる。
ただし、「経営戦略」という言葉が指し示すのはこれだけではない。特に実務家と研究者の間で生じるズレは、以降で議論する、より広い「経営戦略」の定義を捉えたときに初めて明らかになる。