リッジがトップ就任後、WD-40をより面白い(interesting)会社にしたことに疑いの余地はない。ただ、それができたのは彼自身と社員にあることを求めたからだ。すなわち、「自社、製品、ブランドに何が可能か」についてもっと興味を持つ(interested)ことである。
リッジは企業文化を全面的に見直し、リーダーたちの役割を再定義し、まったく新しい言葉遣いさえ奨励した。その狙いは、学習、実験、即興を最優先に据えることである。それによって、狭い視野に囚われた古いビジネスを、機敏で進取の気性に富むものへと変革しようとしたのだ。
彼は私にこう語った。「当社には大きな成長のチャンスがありました。でも、社員は自分の役割から踏み出すことを恐れていました。失敗への恐怖こそ、この世で最大の恐怖です。我々は“失敗”から“自由”へと前進する必要がありました」
こうした理由で同社では、リッジ称する「学びの瞬間(ラーニングモーメント)」が日々の重要な慣行とされている。これは行動から学んだことを、周囲に反発を招く心配なく伝えられるという制度だ。たとえば不満、インスピレーションの爆発、協働による障壁突破、チャンスの発掘、取り組みの無残な失敗、といった経験である(「失敗してしまった」という代わりに、「たったいま、学びの瞬間があったよ」と言えばよい)。
リッジは言う。「学びの瞬間は、ポジティブな場合もネガティブな場合もあります。でも、それが全員の利益のために共有される限り、決して悪いことではありません。私は社員が好奇心旺盛になることを望んでいます。質問をして、チャンスをつかんでほしい。私の仕事は学習者による会社をつくることです。社員にも自分にも、『あなたが最後に、何か初めてのことをしたのはいつ?』と尋ねるのが好きなんです」
リッジは学びの文化の創造に対する自身のコミットメントを強調するために、メールへの返信には必ず、末尾の署名に“ancora imparo”と添える。「私はまだ学んでいる」という意味のイタリア語だ。これは芸術家ミケランジェロのお気に入りのフレーズであり、作品の多くに記したそうである。
「私の人生で大きな学びの瞬間の1つは、“I don't know.”という3語から成る魔法の言葉を使いこなせるようになったことです」とリッジは続ける。
「社員が全組織のいたる所、世界中のあちこちで、『いま学びの瞬間があったんだけど……』と言って他の人々と共有する。それを伝え聞くのは素晴らしいことです。そして、誰かが「マニアックの誓い」を立てるのを聞くのも何より嬉しい。知る必要や学ぶ必要がある何かについて、質問が許されているということを、その人は心得ているわけです。私の夢は、この会社がビジネスにおける“リーダーシップと学習の実験室”と見なされることです」
私も学びの精神にのっとり、あなたに問いかけたいことがある。ギャリー・リッジが社員に尋ねる質問と同じだ。
あなたが最後に、何か初めてのことをしたのはいつだろう?
(著者注:WD-40の「学びの文化(culture of learning)」については、綿密なケーススタディを私のウェブサイトからダウンロードできる。無料だがメールアドレスを入力する必要あり。)
HBR.ORG原文:How WD-40 Created a Learning-Obsessed Company Culture September 16, 2016
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ウィリアム・テイラー(William C. Taylor)
『ファストカンパニー』誌の共同創刊者。最新刊は『オンリーワン差別化戦略』(ダイヤモンド社)。既刊邦訳に『マーベリック・カンパニー 常識の壁を打ち破った超優良企業』(日本経済新聞出版社)がある。