前回の記事では、変化が激しい現代において様々な仕事がプロジェクト化しつつあることについて述べた。本稿では、プロジェクトを率いるリーダー必携のスキルであるファシリテーション能力について、「ファシリテーション型リーダーシップ講座」の講師を務める筆者が述べる。
感情をファシリテートする
ファシリテーションスキルというと、会議の司会者というイメージを持っている読者も多いかもしれない。中立的な立場で会議を進めながら、うなずいたり相槌をうったりすることで発言を促していく。それもファシリテーションスキルの一つである。しかし、プロジェクトを進めるためにはそれだけでは十分ではない。プロジェクトリーダーとして重要なのは「感情のファシリテーション」であると話すのは、ある自動車会社で若くして開発主査に大抜擢されたCさんだ。
「主査」とは聞きなれない肩書きかもしれないが、自動車会社におけるクルマ作りという重要なプロジェクトのリーダーである。実は主査には部下は一人もいない。技術、デザイン、マーケティングなどの各部門から人を借りてきて、一つのクルマを数年がかりで作り上げる。そのプロジェクトを通じて、リーダーシップのスタイルを180度変える経験をしたと、Cさんは言う。
Cさんは主査になる前は誰よりも働く猛烈マネージャーで、「俺についてこい」タイプのリーダーだった。部下に任せた資料に満足できなければ具体的な修正方法を細かく指示し、それでも改善されなければ自分で引き取って作っていた。終わらなかった自分の仕事は夜や土日を使ってなんとかこなしていた。そのようにして成果を上げてきたCさんだったが、クルマの開発主査に就任した後は、チームリーダーとして苦労の連続だったという。若くして主査になったCさんに対して、ベテランエンジニアやこだわりのあるデザイナーは、まともに話を取り合ってくれない。かといって以前のように、自分がエンジニアやデザイナーの代わりに仕事を進めることもできない。そのような状況でCさんは「クルマ作りの前に、まずはチーム作りをしなくてはならない」と考え、自分自身のリーダーシップのスタイルを180度変える決意をした。そしてその成果は徐々に生まれてきた。
ある時、海外拠点とのミーティングに出かけたCさん。新車のコンセプトについて熱く語り、夜にはお酒も交わしたのに、なかなか本音で話してもらえない。自分のプレゼンが悪いのか。議論の進め方に問題があるのか。課題の本質を考え抜いたCさんは、次のミーティングの冒頭にこう宣言した。「今日のミーティングでは何も決めません。議事録もとりません。何かを決める時には私があなたの上司に直接伝えます。ですので、今日は自由に発言してください。」それを聞いた拠点の担当者が、ようやく腹を割って話してくれるようになった。Cさんが注目したのは、拠点担当者の心の壁。確かに自分は本社から来たプロジェクトリーダーだが、実際に彼らの仕事を評価するのは拠点の上司。上司を気にする彼らを本音の議論へと導くためには「感情のファシリテート」が必要であると気がついた瞬間だった。
ファシリテーションとは、「人々の活動が容易に出来るよう支援し、うまくことが運ぶよう舵取りすること」だと定義されている。つまり、会議の司会者としてうなずいたり相槌をうつことだけがファシリテーションではない。むしろ、会議が始まる前にどれほど用意しているかが重要で、私は「ファシリテーションは準備が9割だ」と考えている。Cさんのように、会議における課題を考え抜き、そのために必要な場作りや質問を考える。それこそがファシリテーターの腕の見せ所だといえる。特に多様な人材が集まる部門横断型プロジェクトこそ、Cさんが指摘するような「感情のファシリテート」が重要になる。