内部環境分析で
外部環境分析の不足を補う
すでに述べたように、ポーターが生み出したファイブ・フォース分析は、外部環境の特性、特に産業の魅力度と、その産業内の戦略グループ間の移動障壁から、最適な経営戦略を導出する方法論であった。
この方法論は優れた洞察を与えてくれる一方で、外部環境の分析に過度に依存しているようにも見える。そのため、産業構造が企業の収益性をどの程度まで説明できるか、という問いにつながった。特に、ポーターの理論が実務家を中心に極めて大きな注目を浴びたことと相まって、長年にわたる学術的な論争につながった。
図7は、企業ごとの収益性を産業構造でどの程度説明できるかを検証した、学術論文の統計結果である。
図7:個別企業における資産利益率(ROA)の差異の要因

出典: ロバート M. グラント『グラント 現代戦略分析』(加瀬公夫訳、中央経済社、2008年、p.134)
最初の検証は、1985年、マサチューセッツ工科大学のリチャード・シュマレンジーが行った。この分析では、資産利益率(ROA)の差異の20%しか説明できなかったとはいえ、その20%のほとんどが「産業効果」、すなわちその企業がどの産業に属しているかに起因していた。産業効果が19.6%に対して、「企業独自の要因」は0.6%しか見出されなかったのである。それはすなわち、産業構造のほうが企業独自の要因よりも強く業績に影響する可能性を示唆する結果であった。
当然ながら、シュマレンジーの研究の限界は、ROAの差異を説明できない部分が80%を超えていたことである。その疑問に答えるように、これに続く研究では、複数年のデータを用いてより大規模なサンプルを分析すること、また手法の改善を試みることで「説明できない要因」の割合を大きく低減させた。
それらの結果から見えてきたのは、産業効果は有意に企業パフォーマンスを説明できるものの、その説明力は全体の2割に満たないという可能性である。事実、図7で紹介されている代表的調査研究のうち、シュマレンジーの論文以外の研究は、産業効果よりも企業独自の要因に説明力があるという結果を示している。
もちろん、これらの研究は、産業内に存在する戦略グループ間の差異にまで踏み込んだ検証はできていない。企業独自の要因と計測されている要素が、実際には産業効果に起因する可能性もあるだろう。ただ、戦略グループを実証検証した論文でも、企業が属する戦略グループが、その収益率にどのような影響を与えるかの結論は出ていない。また、これらの論文はトップジャーナルに出版された優れた学術論文であり、相当な統計的検討が行われている。
したがって、これらの結果が完全に的外れであるとは言えないだろう。少なくとも、外部環境の分析のみから経営戦略を検討していては、企業パフォーマンスを最大化できないのはたしかなはずだ 。
最後に、こうした実証研究の成果を読み解くに当たり、興味深いデータを紹介したい。図8は、産業構造の長期的な変化を分析したデータである。ここで示されているのは米国における製造業のデータではあるが、図中の変化は、米国を皮切りに全世界へと波及したと推測される。
図8:資産収益率(ROA)の差異に対する
一時的な業績変動、産業内不均質性、産業間不均質性の寄与率

出典:Thomas, L. G. & D'Aveni, R. A. 2009. The changing nature of competition in the US manufacturing sector, 1950 - 2002. Strategic organization, 7(4, (11)): 387-431.
この図を見ると、1970年代の中頃を境に、一時的な業績変動と、1つの産業内におけるROAの各企業間の差異が大幅に増加している様子を見て取れる。
1950年代から1960年代にかけて、産業内の業績の差異はまだ小さかった。こうした環境下では、多くの企業にとって、安定的な経済発展と市場成長を享受し、競争よりも組織化と多角化が最大の関心事となる。この時代の経営戦略の議論は、これと整合する。しかし1970年代からは、景気の低迷と経済成長の鈍化が、企業に他社との競争の必要性を理解させた。そのため外部環境を適切に理解して、自社のポジショニングを明確化させることで競争に勝とうとする動きが次第に重要となった。
さらに1980年代半ば以降の競争の舞台は、それ以前に増して産業構造が不安定化し、変化のスピードが速い世界へと変わる。産業内での勝ち組と負け組の格差が拡大し、一時的な不安定性も増した。これにより、比較的安定した産業構造を前提に立論されたポーターの競争戦略も、その不備が指摘されるようになった。
ポーター自身、前述の『競争優位の戦略』の中で、たとえば企業内部の構造を分析するバリューチェーンという概念を導入することで、企業内部の競争力を高める重要性を解き、前作の弱点を補完している。だが、時代に求められていたのは、そもそも産業構造に立脚した外部環境からの議論ではなく、内部資源に立脚した内部環境の分析であった。
特に1980年代後半以降の国際競争の進展と産業変化の加速が、企業自身が持つ力を中核とした新たな理論体系の登場を待ち望んでいたのだろう。これを背景として、資源ベース・ビュー(Resource Based View)と呼ばれる内部環境分析を重視する考え方が誕生し、新たな潮流を築き上げることになる。
次回は、内部環境から経営戦略を考える系譜を概観する。企業の内部資源の希少性に着目した議論を起点に、いかに資源ベース・ビューが生まれたのか。そして、それはどのような進化を遂げつつあるのか。その理論的背景と学術的価値を中心に議論したい。
【本記事の要点】
• 1970年代の経営戦略論の停滞が、ポーター登場の素地をつくり上げた
• 産業構造から外部環境を分析する手法の源流は、不完全競争の議論にある
• SCPモデルの経営戦略への応用が、ポーターが演出した新たな潮流である
• ポーターの学術的貢献の中核は、戦略グループ間のポジショニングにある
• ファイブ・フォース分析の活用には、いくつかの注意事項を守る必要がある
• 産業構造を取り巻く、マクロ要因、非市場要因、メガトレンドの理解は必須である
• 不確実性を織り込む外部環境分析こそが、経営戦略に有益となる
• 実証研究の成果をひも解くと、外部環境だけで戦略を定めるべきとは言えない
• 産業構造の不安定化と競争の激化が、資源ベース理論興隆の素地となった
※本稿執筆にあたっては、一橋大学経済学研究科の川口康平氏に貴重な助言をいただいた。ここに厚く御礼を申し上げたい。
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