自己意識の明瞭化が合致性の高い評価につながる

 これらの研究結果は、ビジネス界にどのような影響を与えうるか。考えられる影響の1つは、自己意識の明瞭化により、自己評価と他者による評価がより一致する可能性だ。

 ちなみに両タイプの評価を同時に把握できるのが、360度フィードバック・システムである。同システムは広く普及しており、大企業の約90%が利用しているとの推定もある。自己評価と他者からの評価の不一致は、仕事上ネガティブなさまざまな影響をもたらす

 そこで5番目の研究では、さまざまな社会的側面と性格特性について、MBAコースの学生544人の自己評価と、これら学生のクラスメートや同僚による評価の合致性を検証した。合致レベルが高ければ、他者による評価と同じように、学生が自分自身を評価していることが示唆される。

 合致性は自己概念の明瞭さに関係している。なぜなら自分自身への理解が明確であれば、明確で一貫性のある自己イメージを他者に与える傾向が強まるからだ。

 結果は4番目の研究結果と同様で、外国暮らしの深さが(幅ではない)、自己と他者による評価の合致性の向上を予見することが判明した

より明確なキャリア決定にもつながる

 我々の研究成果は、キャリア・マネジメントにも重要な影響を与える。諸研究によれば、現在の複雑な職業の世界では、大多数の人は人生のある時点で重要なキャリア選択をする難しさを痛感する。また卒業後に自分のキャリアをどうするか決めることは、MBAコースの学生にとって最大の難題の1つだ。

 自己意識が明瞭であれば、ごく自然に、どのタイプのキャリア選択が自分の長所に最もよく合致しているか、また自分の価値観を満足させるかがわかる。したがって、キャリア決定についてより明確かつより自信が持てるようになる。

 最後に、外国暮らしと自己概念の明瞭化の関係が、将来のマネジャーたちのキャリアプランにどのような影響を及ぼすかを探った。MBAコースの留学生98人を調査対象として分析した結果、またしても外国で暮らした経験の幅ではなく深さが、自己意識の明瞭化を予見することが明らかになった。

 このように明瞭さを増した自己概念が、卒業後のプランをいっそう明確にする結果につながった。つまり、外国暮らしの期間が長い学生ほど、MBAコース終了後のキャリアをどうしたいかについて、明確な考えを表明する傾向が強かった。

限界と将来の方向性

 以上をまとめると、異なるグループ(オンライン参加者とさまざまな国出身のMBAコースの学生)や方法(相関法と実験的方法)、そして自己概念の明瞭さの測定基準(自己報告と360度評価)において、外国暮らしが自己概念の明瞭さに与えるプラス効果を一貫して示す証拠が得られた。

 1つ注意すべき点は、「当該効果が逆の方向にも働き、明瞭な自己意識が発端となって外国暮らしを促す」という可能性が完全に排除できていないことだ。

 我々の論拠の因果関係を最も厳密に検証するには、外国暮らしか、あるいは自国にとどまるかのいずれか一方に研究参加者を無作為に割り当ててから、自己概念の明瞭さのレベルを追跡調査する必要があるだろう。この種の実験設計は、我々の今回の一連の研究で対処しうる範囲を超えていた。

 将来の研究として興味深いテーマは、外国暮らしが自己意識の明瞭化につながらないケースを探求することだろう。国外居住者によく見られる反応は、初期段階に「カルチャーショック」(すなわち「社交上の慣れ親しんだサインやシンボルのすべてを失うことから生じる不安」)を経験することだ。「この不安を克服できない場合は、外国暮らしが孤独で途方に暮れるだけの経験となり、明瞭な自己意識を育むことができず、したがって、それに伴うさまざまなメリットを享受できないのではないか」との仮説には説得力がある。

 ただし、ほとんどの人は最終的には、この段階を克服する。新しい文化的環境に慣れると、国外居住者の経験は故マイケル・クライトンの経験に相通じるものがありそうだ。クライトンの自叙伝『トラヴェルズ―旅、心の軌跡』には、我々の研究の神髄が的確に表されている。

「自分が本当は誰であるかを思い出すために、世界の彼方に行くのだと感じることがよくある……いつもの環境、友人、日常のルーティンをはぎ取られ……むき出しの経験へと追い込まれ、この経験をしているのは誰であるかに、否応なく気づかされる」


HBR.ORG原文: How Living Abroad Helps You Develop a Clearer Sense of Self, May 22, 2018.