メルセデス・ベンツの職場における親切の伝染には、もう1つの要因がある。最前線で働く従業員にとって、仕事に対する純粋な誇りという動機づけがあれば、顧客に対してより親切な対応をしやすい、ということだ。

 メルセデス・ベンツUSAで15年働くベテラン販売員のハリー・ハイネキャンプは、新設されたカスタマー・エクスペリエンス部門の初代マネジャーに抜擢された。ハイネキャンプと彼のチームは、全米のメルセデスのディーラーを視察して回るなかで、あることを発見した。「現場の従業員のブランドへの誇りは、我々が思っていたほど高くはなく、仕事に対するエンゲージメントも、期待していたほど強くなかった」というのだ。

 特に衝撃的だったのは、販売店で働く従業員の7割近くが、販売店の敷地の外でメルセデス・ベンツの車を運転したことがないという事実だった。修理やパーツの注文はするが、実際その車を公道で運転した経験がなかったのだ。

 ハイネキャンプは考えた。実際にメルセデス・ベンツを運転する興奮を味わったことがないのに、メルセデスのブランドに純粋な誇りが持てるものだろうか。そこで彼は、あるプログラムを発案し、実施した。ディーラーで働く2万3000人の全従業員に48時間、メルセデス・ベンツを貸し出し、運転を体験する機会を与えたのだ。会社は、この取り組みに、800台近い車と、数百万ドルの資金を投じた。

 従業員の多くは、自分が運転する順番を、重要な出来事と合致するように調整した。90歳になる祖母を誕生日会に招く際に迎えに行く、娘とその友達を16歳の記念パーティに送迎する、生まれたばかりの赤ちゃんを家に連れて帰る、等々。参加した人は割り当てられた48時間を写真や動画に記録し、ラップソングまでつくったケースもある。

「反応は予想以上のものでした」とハイネキャンプは言う。彼は、社内にウェブサイトを設けてそれぞれの体験を共有した。「当然のことながら、誰もが自分の扱う車をよく知ることができました。でも一番の収穫は、仕事への誇りをより強く持てるようになったことです」

 メルセデス・ベンツUSAにおいて、ボトムアップの従業員同士による顧客へのコミットメント強化の取り組みは、カスタマーサービス革新の有力な事例である。また、あらゆる分野のリーダーたちへのメッセージでもある。いくら命じたところで従業員が親切になるとは限らないが、リーダーは親切を伝染させる火付け役にはなれるのだ。


HBR.ORG原文:Making Kindness a Core Tenet of Your Company, November 22, 2018.

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ウィリアム・テイラー(William C. Taylor)
『ファストカンパニー』誌の共同創刊者。最新刊は『オンリーワン差別化戦略』(ダイヤモンド社)。既刊邦訳に『マーベリック・カンパニー 常識の壁を打ち破った超優良企業』(日本経済新聞出版社)がある。ホームページはこちら