リスキルに舵を切るAT&T

 リスキルの詳細を、米国で最も野心的なリスキルの取り組みとして知られるAT&Tの事例から見ていきましょう(以下、HBR2016年10月の記事” AT&T’s Talent Overhaul”より)。

 米国最大の通信会社であるAT&Tでは、収益の源泉が通信ハードウエア事業からソフトウエア事業に移行することに伴い、当時の社員27万人のうちハードウエア事業に関わる10万人の社員が不要になり、代わりにソフトウエアのスキルを持つ人材が必要になることを2008年に明らかにしました。しかし、AT&Tの試算によると、一人の人材を外部から獲得するためのコストは年収の21%以上と高騰していたため、ハードウエア事業で余剰となる社員をリスキルする道を選びました。

 2013年に社員教育の予算を25%増やし、2020年に10万人のリスキルをすることを目的とした“Workforce 2020”を立上げ、3つの取り組みを進めます。一つ目は、社員の自律的なキャリア構築の支援です。自身の現状のスキルを把握し、職種別に今後必要なスキルを理解したり、類似性の高い職種の想定給与や需給予測が閲覧できるツールを提供することで、社員は、社内にはどのような機会があり、その職を得るために自身がどのようなスキルを身につければいいのかを認識できます。

 二つ目は、リスキルを促す評価制度の導入です。評価基準の厳格化、年功序列の是正、自身の職種の市場価値の明示、自身の職種と会社の業績との関連を明らかにして給与に反映させる仕組みの構築などを行い、重要性が増している分野でのスキルを持つことが高く評価される仕組みにしました。

 三つ目は、スキル獲得の場の提供です。ユーダシティ大学やジョージア工科大学と提携し、ソフトウエアエンジニアになるための25科目のコース、IPエンジニアになるための8科目のコースなどの平均12カ月程度のプログラムや、コンピューターサイエンスのオンライン修士プログラムを開発しました。また、修士号取得のため最大8000ドルまでの資金を提供するなどの資金援助を行いました。

 これらの取り組みによって、たとえば、10代でAT&Tに入社した30代のネットワークエンジニアがデータサイエンティストになったり、引退を控えた社員がサイバーセキュリティの専門家に転身するなど、市場での獲得が難しい職種の内製に成功しています。