あらかじめコア組織のエース人材を
エッジ組織に配置しておく

――そのようなデジタル変革に必要な人材を、企業はどのように獲得すべきでしょうか。

植野 前述のように、デジタル変革に必要な人材は、変革の芽となる新たな価値を創出するイノベーション創出人材、変革を実践しスケールさせるチェンジエージェント、新たな仕組みに適応しパフォーマンスを発揮する変革適応人材の3つに分けられ、それぞれ要件は変わってくるわけですから、まずは、そのそれぞれの人材要件定義を行うことが最初にやるべきことです。そして、その要件に応じた獲得・育成を検討することが必要です。

大崎 1つ目のイノベーション創出人材は、これまでデジタルビジネスに取り組んできていなかった大企業にとっては、社内で調達することは難しいケースが多く、中途採用で獲得することを検討すべきです。

 しかしながら、このような人材は、人材市場では極めて希少な存在であり、実際の採用では、どのような専門スキルを持ちどんな業務が行えるのかを見極める能力に加え、そのような人材を惹きつける施策も求められます。

 また、大企業のデジタル人材の採用でよくあるのは、手を動かす人材ばかりを採用してしまい、マネジメントや育成がうまくいかないというパターン。こうなると、組織として機能しなくなりますね。ですから、最初にデジタル人材をまとめられるリーダークラスの人材を確保することも重要なポイントです。

植野 2つ目のチェンジエージェントについては、エッジ組織で新事業の創出に携わった人材を、エッジ組織の成果が目に見えるようになってきた頃に、チェンジエージェントとしてコア組織に送り込むのが合理的でしょう。

 そのためにあらかじめやっておきたいのが、エッジ組織の立ち上げの際に、コア組織の人員を一定数配置しておくこと。チェンジエージェントとなれるポテンシャルを持った既存事業の人材に、エッジ組織の運営や成果の出し方を学ばせ、リスキルするという発想です。言うまでもありませんが、この既存事業からエッジ組織に予め配置する人材は、将来的に全社のデジタル変革を牽引する役割を担うわけですから、学習能力に長け、周囲への影響力を持つエース級の人材が望まれます。

 また、エッジ事業で育ったチェンジエージェントをコア事業へ配置転換する際には、チェンジエージェントを身一つで送り込むのではなく、同時に、エッジ組織で培ったワークスタイルや人材マネジメントの制度・手法をコア事業に逆輸入することで、エッジ組織で徹底的に尖らせたケイパビリティをコア組織に伝播するパラダイムへ移ることが、全社のデジタル変革を加速させるためには有効です。

 例えば、ダイレクトビジネスに舵を切ったネスレでは、デジタル変革機能を強化するために、Nestle Digital Acceleration Teamという取り組みを行っています。世界中のオフィスから各ローカルユニットのリーダー候補を集め、スイス本部でデジタル変革タレントを育てる8~12ヵ月の集中プログラムを実施しています。このプログラムの中で参加者は、実際のビジネスアイディアを創出するプロジェクトワークを通じ、デジタルマーケティングの知識・ノウハウを徹底的に習得した上で、帰国後にチェンジエージェントとなり、各マーケットでのデジタル変革を加速させるというスキームです。

 いわゆる配置転換ではないものの、各国の若手リーダーを1年近く現場から引き抜くという思い切った投資をし、デジタル変革を主導できる人材を育てあげるアプローチには、学ぶべきところが多いと思います。また、このプログラム終了後、各参加者には、ローカルユニットでのデジタル変革を補完する、Digital Vitaminsと呼ばれるナレッジ集を持ち帰らせることや、卒業生による月次のナレッジシェアなどローカルユニットでのデジタル変革の進捗度合いをモニタリングする仕組みもあり、各地のチェンジエージェントをサポートし変革をやり切らせるための仕掛けが整っていることも、重要なポイントですね。

大崎 3つ目の変革適応人材については、多くはリスキルにより獲得することになりますが、基本的には1つ目と2つ目以外の全員が対象となるため、対象層の規模は桁違いです。そのため、それぞれの職種での必要知識・スキルが具体的にどう変わるのかを明確にした上で、テクノロジーも活用しながら効率的にリスキルができるプログラムを構築していくことが大切です。この人材層への対応は、現在のところあまりスポットが当たっていませんが、今後企業が直面する大きな課題の一つでしょう。

 また、この人材層には、スキル向上だけでなく意識改革も、重要な取り組み要素になると思います。伝統的な人事制度を持つ大企業の場合、ゼネラリストを前提としてキャリアを考える社員が多いため、自分たちが当たり前のようにやっている事務作業を、デジタル変革のために新しく入ってきた人材がなぜやらないのか、なぜ自分たちよりもよい処遇を受けているのかといった反感を買うことも少なくありません。このような状況を招かないように、経営陣が「これからはどのようなスキルやケイパビリティを身に着けていかなくてはならないのか」「どういう働き方が評価されるようになるのか」「常にゼネラリストであることだけが評価される会社ではない」ということを、ビジネスの文脈に合わせて発信し、全社員の意識改革を図るべきです。