イノベーションに必要なのはプロセスである

――大企業向けに6つのプロセスから成るInnovation Pipeline(イノベーション・パイプライン)というメソッドを開発されましたが、この特徴について既存のものと対比して教えていただけますか。

 すばらしいイノベーターというのは長い間企業のなかに存在してきました。日本も同様で、どの国よりも早く体現していました。ただ、そうしたイノベーターが英雄的な存在になることが非常に多く、英雄物語となり、それが組織文化となることが多いのです。

 しかし、その英雄こそが「それまでの組織文化を壊した当人だ」と指摘する人は誰もいません。誰もが英雄を称えますが、「なぜ彼は英雄になる必要があったのだろうか。なぜイノベーションを起こすプロセスを作らなかったのだろうか」と考える人はいません。人間は英雄の物語に惹かれるからです。

 そこで、ここ数年、イノベーションのプロセスを作ろうとする人が出てきました。彼らがまず手をつけたのは、スタートアップのためのツールでした。「リーンメソッドをやってみよう」「デザイン思考を使ってみよう」「インキュベーターやアクセラレーターも必要だ」と考えたのです。

 しかし、これらはすべていわゆる「アクティビティ」に過ぎません。たとえば、子どもの成長を助けるために、親は学校に通わせたり、善悪を教えたり、公園に連れて行ったりしています。ですが、これらひとつひとつの行為は教育の一環です。重要なのは、生まれてから親元を離れるまでの一連の教育プロセスを考えることなのです。

 このように、大企業はイノベーションのためのアクティビティを実施してはいますが、アイデアや問題の探索から、販売やサービスの実行までの一連の流れを考えられてはいません。そのプロセスにスピードや緊迫感もありません。

 この気づきから、私はInnovation Pipelineを開発しました。起案から実行までの一連のプロセスをつくる。特にスピードと緊迫感がとても重要です。Innovation Pipelineはこれらのアクティビティを枠組みのなかでつなげる役割を果たします。継続できるイノベーションを作り、実行につなげるのです。

 勘違いしないでほしいのですが、アクティビティ自体は悪くないことです。ですが、あくまでも1つの段階に過ぎませんし、アクティビティだけで、市場の変化に対応するスピードと緊迫感をもった成果を上げることはできないのです。

――どのような企業が取り組んでいるのですか。

 最も良く活用しているのは、防水透湿素材「ゴアテックス」を開発したW.L. Gore(ゴア)という会社です。彼らとの出会いは4年前で、CEOと取締役と会社の戦略を変えるために話しをする機会がありました。

 彼らには当時「ゴアには50年以上の企業文化があるが、イノベーションがストップしてしまった」という危機感があった。そうして彼らは自分たちのInnovation Pipelineを作りました。現在では30億ドルを超える会社に成長しています。

 ブルームバーグの記事では、私のことを「イノベーションの教祖的存在」とまで書いてありましたよ。彼らが私のアイデアをすばやく導入できたのは、彼らがいまでも非公開企業だからです。それゆえ、リスクを負うことができたのです。

 市場は企業を待ってくれません。即座の対応が必要です。少なくともスタートアップのもつスピード感でInnovation Pipelineを進めることが企業に求められているのです。そしてそれは不可能ではありませんが、Innovation Pipelineの導入を検討するとき、それを阻む組織内の障害は何だろうと考える必要があります。そこで組織文化やプロセスを考え直すことになります。

 私が初めて大企業でInnovation Pipelineを導入しようとしたとき、担当者は「人事部が管理職しか出せないと言っている」と困っていました。だからCEOに参加してもらい、変革を起こす必要がありました。また、自ら進んで参加を望むクリエイティブな人材が必要です。管理職人材には彼らのメンターになってもらいました。

 しかし今度は財務部が「5カ年計画はどうなっているのか」と聞いてきました。でもこれはスタートアップの事業なので、すぐに利益を上げる必要はない。工場などを建てる前にプロダクト・マーケット・フィットを考え、コストに対する予算をつくる必要はありますが、企業が使う財務指標はこの事業に適用すべきではありません。

 そして最後にはエンジニア部が「インキュベーターを作ったのはわかるが、その規模に対応する予算やスケジュールは立てていない」と言ってきました。「これからは新しいプロジェクトのために10%の経常経費を組み込むようにしてほしい」と伝えました。従業員全員の仕事が変わる変化ではないですが、このような変化が伴います。