「リーン・スタートアップ」の父と呼ばれる理由
――ところで、日本では「リーン・スタートアップ」という言葉も広く知られています。同書でこの概念を提唱したエリック・リースさんとも関係が深いようですが、お二人について教えてください。
エリックは私が教えた最も賢い生徒でした。エリックは2つの会社を起業しましたが、私は両方の会社で取締役を務めました。1つ目の会社で彼は、私の下でエンジニアの本部長を務めた人と働いていました。2つ目の会社がIMVU(インビュー)ですが、私が最初の投資家で取締役でした。
投資の条件は、UCバークレーで私が教えるクラスを受けることでした。リーンメソッドが確立される前、私は顧客開発モデルを作り、『アントレプレナーの教科書』(翔泳社)を執筆していました。エリックはCEOと一緒に私のクラスを取りました。CEOは「時間の無駄だ」と不満を言っているなか、エリックは「最高のアイデアだ!試してみよう」と考えました。そうしてエリックは顧客開発モデルを実践した第一人者になりました。
また実践するだけでなく、このモデルの本質を見抜く力が彼にはありました。私の時代にはウォーターフォール型開発モデルが主流でした。それは商品を開発するときには市場の求める条件書をエンジニア部に渡し、エンジニア部が開発リストを作り1~2年かけて商品を開発し、市場に売り出して需要があるかどうか見るというモデルです。
エリックは「21世紀にはウォーターフォール型は合わない。アジャイル開発を用いるべきだ」と提案してきたのです。アジャイル開発は顧客開発モデルにぴったりでした。エリックはそれをIMVUで実践しました。これらはリーンメソッドの2つの柱です。
その後、ビジネスモデルキャンバスを考え出したアレクサンダー・オスターワルダーと出会いました。ビジネスモデルキャンバスでは、何をテストしているのかアントレプレナーに伝えるため、1枚の紙にあらゆる仮説を書き出します。
その1枚の紙をもって、顧客は誰なのかを探り、商品やサービスのバリュープロポジションを見極め、価格や供給チャンネルを評価するのです。いわゆるロードマップですね。このような経緯があり、リーン・スタートアップにおいて、ビジネスモデルキャンバス、顧客開発モデル、アジャイル開発が3つの柱となったのです。
「アントレプレナーの教科書」の執筆中に、GE(ゼネラル・エレクトリック)から電話があり、エネルギー事業を始めたいと相談されました。そのとき私はすでに引退していて、コンサルタントではなく教育者としての仕事に注力したかったため、彼らにエリックを紹介しました。そうしてエリックはリーンメソッドをGEに導入しました。エリックが私を訪れてきたときに「この内容を本にまとめなさい」と言ったのを覚えています。
そしてエリックは『リーン・スタートアップ』(日経BP)という本で自分の経験をまとめました。私、エリック、オスターワルダーの仕事が21世紀における現代のアントレプレナーシップのマネジメントツールになったと思います。私たち3人の仕事が、スタートアップ、企業、政府のイノベーションに対する考えを根本的に変えたのではないでしょうか。私一人ではなく、エリックやオスターワルダー、そしていまでは何百人にも膨れ上がった関係者が作り上げたものです。
米国における大企業のマネジメント思考はハーバード大学のビジネススクールで始まりました。ハーバード・ビジネス・スクールが設立されたのは1908年です。マネジメントツールの歴史は110年しかないのです。そしてイノベーションのマネジメントツールも15年ほどの歴史です。もちろん定義もありますが、私やエリックは実践する側の人間です。
オスターワルダーは学術の世界にいてすばらしい実績を上げていますが、私たちは実践してきました。何かを作りたい実践側の人間が、初めて定義と実践法を手に入れたのです。ここ10年ほど私は政府と取り組み、これらを用いて米国の国家プログラムを作ってきました。
たとえば、スタンフォード大学の私のクラスは、全米科学財団と組み、研究室の枠を超えて、科学技術を商業化する推進プログラムを行ってきました。起業のための資金を募う科学者は、98の大学で教える私のリーン・スタートアップのクラスの受講が必要です。I-Corpsと呼ばれる国のプログラムです。
リーン・スタートアップは米国政府と科学者の関係性を変えました。次は新たにHacking for Xというプログラムを作り、学生に国の問題に取り組んでもらっています。国務省をはじめ、エネルギーや海洋に関わる省庁が、問題に取り組む情熱をもつ学生の参画を促し、解決に向け取り組んでもらうのです。そのプログラムは約30の大学で行われています。とても楽しい経験でしたよ。
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