破壊的なアイデアを試すには独立性が必要だ
――日本では新規事業を起こすときに、新規事業部署を作ってサイロ化させてしまいがちです。組織文化を変えるためにはどのような組織形態、文化が必要だと思いますか。
かねてからマッキンゼー・アンド・カンパニーが使っている「スリーホライゾン」(編集部注:ホライゾン1で当該年度の短期的な課題に対処し、ホライゾン2で次世代に向けた高い成長機会を見つけ、ホライゾン3で未知の新規事業の種をまくといった計画管理戦略)というアイデアから考えてみましょう。当時から状況は変わっているので、現代において完璧なモデルではありませんが、説明をわかりやすくするために例に取ります(参考:“McKinsey’s Three Horizons Model Defined Innovation for Years. Here’s Why It No Longer Applies.”)。
まず、ホライゾン1では、短期的に(1年以内程度)で、既存事業やコアとなる経営資源を改良するようなイノベーションを目指します。ホライゾン2では、中期的に(3年以内程度)、企業の事業や強みを新しい顧客、市場、ターゲットに向けて広げるイノベーションを目指します。このようなイノベーションを目指すには、それまでと違う方法ですばやく実行するためのパイプラインやプロセスが必要です。
不思議なことに、企業の多くはこれらを一つの部門内で行うため、最終的な報告は、部門長のような一人の管理職に上げられます。一人の人間がスピード感のあるチームと普通のチームの両方を管理することになります。
ここで大事なのが、組織内の文化が異なるという理解です。それまでと違う方法を展開するスピード感のあるチームを生かすためには、「Learn Fast(早く学ぶ)」が必要です。早めに小さな失敗をし、学ぶという文化です。一般的に「Fail Fast(早く失敗する)」と呼びますが、私はあまり好きな表現ではありません。失敗しても組織的な罰がない、失敗を責められない状況を組織として与える必要があります。
たとえば、大きな工場を建てる前に、数百人、数千人規模で実験をしてみることです。短期間で顧客の反応が悪かったなどと気付ければ、工場は必要ないとわかるでしょう。このように早く学び、次に進むスピード感こそ、このチームが普通のチームと大きく違うところです。そして従業員や経営層もそれを文化として受け入れなければなりません。
通常、これらの失敗は基幹事業を展開するような部署では許されません。既存の事業部には大勢の顧客がすでにいます。いうなれば、大勢の顧客が来店する銀座の店舗で実験するべきではなく、たとえば北海道の店舗で小さく実験してみるということです。万が一失敗した場合の影響は小さくとどめられるのです。
一方で、ホライゾン3には破壊的な新しいアイデアが伴います。既存事業ではないことが多いですし、既存事業を廃業させる可能性すら含んでいます。企業としては完全な「飛び地」で事業創出を目指すことになります。
そんな事業を、マネージャーである販売本部長や既存事業の管理職が欲するはずはありません。彼らにとっては、自分たちのボーナスや会社の収入のほうが大切です。でも誰かしらがやらなくてはいけません。もし可能性がある場合、競合企業もその事業に乗り出してくるでしょう。
だからこそ、ホライゾン3のアイデアを実験し事業性を確認するには、既存の損益から独立した"スペース"が必要なのです。そのうえで企業は「うまくいかない悪いアイデアだ、破棄しろ」と判断することもできますし、「うまくいく」と進めることもできます。
うまくいく場合は、既存部署に補足的に加えることもできますし、まったく新事業として新たな部署をつくることも可能です。さらには新事業でありながら企業とのシナジーがない場合、外部で資金援助を募ることもできます。このようにホライゾン3にはたくさんの選択肢があります。
マッキンゼーのホライゾン3と今日話してきたプロセスには違いがあります。20世紀のホライゾン3では、エンジニアリングのためのリサーチを数十年もかけて行いました。それが適用できる商品もまだあり、半導体やイメージング機器などが当てはまります。
しかし現在では、他人が作ったソフトウェアを使って、数年という短期間で新たなビジネスをつくることが可能です。Uberは科学を進歩させたり、何か発明をしたりしたわけではありません。誰もがスマートフォンをもっているという状況が可能にしたビジネスの1つです。Airbnbもスマートフォンだけで成り立っているビジネスです。ときにテクノロジーの進歩によって、何年もかけずにホライゾン3をつくることができるのです。
以前は受け入れられなかったことが、受け入れられるようになった。知らない人の車に乗る、知らない人の家に泊まるという考えがその例です。年配の方は「ホテルより安くても、誰かのベッドに寝るなんていやだ」と思う人もいます。しかし、Airbnbに慣れ親しんだ20歳の若者は、それが当たり前だと思い大人になっていく。必要なのは、そんな状況や文化の変化を観察すること、それだけです。