なぜ、負け予想が好成績につながるのだろうか。無理だと言われた人が成功する話は、もちろんよくある。自宅のガレージで起業して10億ドル企業に育てた人。名だたる選手に勝利したアスリート。こうした成功物語に繰り返し出てくるのが、周囲を見返したいという欲求だ。
たとえば、体操選手のアリー・レイズマン。オリンピックで金メダルを3つ獲得したが、最後のオリンピックのときは年齢的に勝つのは無理だと言われ、この動機について語っている。「1年休んだ後だったり、2度目のオリンピックだったり、『おばあちゃん』だとかいろいろなことを言われて、明らかに誰も期待していなかったし、簡単ではなかった。だから、皆が間違っていることを証明できて嬉しい」
人を見返したいというこの動機が、負け予想をされた人のパフォーマンスが上がる理由なのかを確認するために、ビジネススクールの学生156人に対し、別の実験室実験として模擬交渉を行わせた。
開始前に、学生たちには、それぞれの交渉力を調査員が予想したことを告げた。今回も、学生たちが交渉準備に入る前に、ランダムに期待薄、期待大、その中間の予想を行なった。交渉終了後、学生たちに、見返したい欲求、自信、アサーティブネス(自己主張)について質問した。
それまでの調査結果と同様、期待されなかった学生のほうが、高・中程度の期待を寄せられた学生よりも好成績を上げた。さらには、自信やアサーティブネスよりも人を見返したいという欲求が、期待されなかった人の好成績をもたらしていることがわかった。
もちろん、負け予想は必ずしも成功に直結しない。自分に対する期待の低さを覆えそうとして失敗した人の例は、それ以上にある。では、どのようなときに、負け予想が失敗ではなく成功につながるのだろうか。
それは、自分に期待しない相手に関係しているのだろうか。たとえば、相手の意見をそもそも信用していないときにだけ、見返してやりたいと思うのかもしれない。
最後の調査として、オンラインワーカー589人を対象に、人から期待されないことがパフォーマンスを高めた、あるいは下げたという経験をしたとき、相手の評価に対する信憑性が関係したかどうかを調べた。
今回の調査でも、PC画面上のターゲットをクリックさせるタスクを実施させたが、少しひねりを加えた。被験者に期待薄、期待大、その中間の予想をランダムに告げる前に、観察者の信用度に関する情報をランダムに与えたのだ。具体的には、「高信用度グループ」には、観察者が同じタスクで好成績を上げ、他者の成績を正しく予想してきた実績があるという文章を読ませ、「低信用度グループ」には、観察者の成績が悪く、他者の成績をよく読み違えるという文章を読ませた。
結果は、筆者の予想を裏づけるものとなった。観察者の信用度が低いとされた場合にのみ、負け予想によって成績が向上した。ところが衝撃だったのは、その理由である。筆者の予想に反して、信用できる観察者とできない観察者のいずれの負け予想も、見返してやろうという意欲を被験者に与えていた。だが、この動機づけは、信用できない観察者の前でのみ好成績につながり、信用できる観察者の前では裏目に出た。
信用度の高い人を見返そうとしたときには、不安による緊張で、その後の成績が低下するようだ。それとは反対に、信用度の低い人から負け予想をされると、相手を見返す欲求をタスクに向けて、好成績を上げることができた。