リーダーの訴求力がビジョンしかない場合、リーダーシップは不完全なままだ。ビジョン頼みのリーダーシップの限界は、危機や急激な変化に直面したときや不確実性の時代に、痛々しいほど露呈する。
新型コロナウイルスの世界的流行も、その一つだ。「ビジョン2020」の中で、このような事態を描いていたリーダーは誰もいない。
危機は常にビジョンを試し、その大半は生き残ることができない。工場で火事が発生したとき、収益が急減したとき、あるいは自然災害に見舞われたときに、あえて行動を呼びかける必要はない。私たちはすでに、行動を起こそうと思っているからだ。
ただし、動揺して、慌てている場合も多い。そんなときに必要なのは、いわゆるホールディングである。抱きしめられて安心すると、私たちは目的を持って動くことができる。
ホールディングとは、心理学の用語では、不確実な状況で起きたことを他人──多くの場合、権威者──が「包み込ん(コンテイニング)」で「説明する」、という意味だ。コンテイニングとは苦悩をやわらげること、説明とは混乱している窮状を理解できるように手助けすること、とも言える。
深刻な業績不振に直面した際に、CEOが従業員に対し、会社には嵐を乗り切れるリソースがあり、雇用の大半は守られると安心させる。そして、収益のデータを従業員が理解しやすいように説明し、既存の顧客にサービスを提供しながら、新しい事業を発展させるためにやるべきことを明確に指示する。
これが経営者のホールディングだ。そのようなリーダーは思考が明晰で、安心感を提供し、人々を正しい方向に導いて結束を後押しする。
これは周囲を鼓舞することと同じくらい重要な資質である。むしろ、人々を鼓舞するためにはホールディングが不可欠だ。
リーダーシップの要素として、ホールディングはビジョンよりもわかりにくく、あまり知られていないが、同じくらい重要である。そして、危機に際して不可欠な資質だ。
ホールディングができるリーダーが率いるグループは、危機において、さまざまな形で支え合い、活動を続けて、やがて新しいビジョンが生まれる。それに対し、ホールディングができないリーダーの下では、互いに支え合うこともなく、不安や怒り、分断が生まれる。
メキシコ湾原油流出事故のBPの対応に関する研究で、私のINSEADの同僚(妻でもある)ジェニファー・ペトリグリエリは、両方のパターンを考察した。危機を解決して乗り越えるためにBPが必要としていた社内の最も優秀な人材は、実際にはさまざまな反応を見せた。会社も経営陣も信用できなくなった人もいれば、努力と献身を注ぎ込んだ人もいたのだ。
その違いは何か。前者の人々は、経営陣の楽観的なメッセージばかり聞かされていた。一方で後者は、上層部が混乱を一掃するために召集した人々だった。
彼らは重圧を受けながらも、上司や同僚と緊密に連携して事態に対応しながら、コンテイニングを経験し、有益な情報を得た。それが会社の誠実さへの信頼につながり、会社が長期的に存続するという安心感を与えた。
危機を乗り越えようと働いているときは、未来がいかに明るいかと聞かされるより、そばで抱きしめられるほうが有効なのだ。