勇気は育てることができる

 勇気があるかどうかは、間違いなくその人の性質が影響している。

 神経科学の研究によると、世の中にはスリルを求める「タイプT」の人格を持つ人がいる。この人たちの脳は、リスクを回避したがる人の脳とは仕組みが異なるようだ。脳の中でも意思決定と自己統制を司る部分である、大脳皮質(灰白質)が薄いのだ。

 タイプTの人の脳には、喜びや満足感を記録するドーパミン受容体が少ないため、高揚感を得るためには、通常の人よりも多くの刺激やエンドルフィンを必要とする。彼らのテストステロン(自由奔放な行動と相関があると見られるホルモン)の量が多いことも、リスキーなライフスタイルを送る原因になっているのかもしれない。

 みずから進んでリスクを取る脳の仕組みと、善悪を判断する強力な価値観が組み合わさると、タイプTの人が勇敢に行動する可能性は一段と高まるだろう。

 しかし、遺伝子的にリスクを冒しやすい素因がある人が、実際に大きな勇気を示すとは限らない。このトピックの古典とも呼ぶべき著書があるスタンレー・ラックマンが指摘しているように、人間には、非生物的要因(具体的には心理的要因や価値観、信念、さらには幼少期のロールモデルによる条件づけ)により、たとえみずからを危険にさらしてでも、他者を守るために行動しなければと判断することがあると、筆者は考えている。

 筆者の祖父がそうだった。あなたは脳内の化学物質ゆえに、筆者の祖父と比べて、バンジージャンプにチャレンジすることにもっと意欲的かもしれない。だが、祖父がそうやったように、第二次世界大戦中にナチスドイツの占領下にあったオランダで、ユダヤ人をかくまう危険も冒しただろうか。

個人からコンテクストへ

 勇敢に行動する能力と、測定可能な(そして自分でコントロール可能な)個人の特質のあいだに関連性があることを示す研究は多い。

 たとえば、カナダ人心理学者のアルバート・バンデュラが唱えた「自己効力感」、すなわち目の前の困難に立ち向かう自分の能力への自信。「私たちにはできる」という信念は、勇敢な行動が求められるときに、違いをもたらすだろう。

「自尊感情」も勇敢な行動を後押しする可能性がある。自尊感情は、少なくとも部分的には学習できる心理的要因であり、困難でリスクのあるタスクをやり遂げる自分の能力に関する評価に影響を与える(その意味では「不安」にも似ている)。

「経験への開放性」(ビッグファイブと呼ばれる5大性格因子の一つだ)も、危機のときに勇敢な行動を起こす決断を助けるかもしれない。

 これらの性質はすべて、訓練や支援によってはぐくむことができる。たとえば、自尊感情の低さと不安は、セラピーによって改善できる。また、経験への開放性も、さまざまな方法で高められる。

 もちろん環境とコンテクストも、勇気を出せるかどうかに影響を与える。ただ、環境を変えるのは自分を変えるよりも難しい。自分の行動が、善悪に関する一般的な規範意識に沿っているほうが、実行に移すのは簡単だ。

 祖父のケースは、まさにこれに該当する。ナチスドイツはオランダで必ずしも歓迎されていなかったから、祖父の社会集団では、ユダヤ人をかくまうことは、称賛すべき抵抗の行為と考えられていた可能性が高い。祖父が助けたのが、オランダ人の暴徒に襲われたドイツ人だったとしたら、社会的なサポートを得られたかどうかは疑わしい。

 このことは、勇気を出しやすい状況と、そうでない状況があることを示している。そして「勇気を出すのが難しい」状況では、人間は恐怖や仲間のプレッシャーや集団思考、あるいは権威ある人への服従に屈してしまうことが実に多い。