いま必要なのは、政治家ではなく、疫学、ウイルス学、社会科学の専門家が主導して、科学的知見に基づく戦略を立案・実行することだ。それにより、新型コロナウイルスが世界の最も弱い人たちに及ぼすリスクを減らし、ひいてはすべての人の感染リスクを縮小することを目指すべきである。
逆効果にしかならないナショナリスティックな動きを防ぐためには、信頼性の高いガバナンスの仕組みをつくり、そこに意思決定権を集約して、資本、情報、ワクチンの供給が適切に行われるようにしなくてはならない。幸い、そうした試みの成功例はある。
革新的な資金調達メカニズムの一つに、事前買い取り制度(AMC)というモデルがある。資金拠出者は、ワクチン開発後に、そのワクチンを途上国向けに買い取ることを約束する。これにより、ワクチン生産者は、途上国市場にワクチンを供給するために必要な投資を行うインセンティブを持てる。
2007年、5ヵ国とビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団が15億ドルの拠出を約束し、最初のAMCを立ち上げた。この取り組みにより、肺炎球菌ワクチンの開発と、中・低所得国への供給が実現した。
革新的な資金調達メカニズムの成功例としては、「予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)」も挙げることができる。この仕組みでは、債券を発行して資金を確保している。
資金調達以外の面でも、世界規模での協調が必要とされる。ワクチンの予防接種を行う人手をどれくらい確保できるかを把握し、大規模な予防接種プログラムの体制を整備し、優先順位を決めて公平にワクチンを分配する計画を立て、接種を確認するためには、それが不可欠だ。
最初のうちワクチンの供給量がまだ限られているときは、国ごとに異なる戦略を実行してもよいかもしれない。
それぞれの国で、具体的にどのような戦略を採用するかは、感染がどのくらい広がっているか、検査で感染者をどの程度割り出せるのか、感染者が地理的にどのように分布しているのかといった要素の影響も受ける。公衆衛生部門のリーダーたちは、ポリオや天然痘の予防接種プログラムの経験を参考に、ワクチンの割り振りと配布に関する過去の教訓も取り入れるべきだ。
以上に挙げたことすべてを行い、国単位のワクチン接種キャンペーンを実行できるだけの保健体制を計画・強化するためには、さまざまな機関や団体を活用する必要がある。
活用すべき機関の中には、WHO、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(通称・グローバルファンド)、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)、GAVIワクチンアライアンス、世界各国の保健当局、地域レベルの保健システム、民間部門などが含まれる。これらの組織は、政府が国民に対して、科学的根拠に基づくアプローチの重要性を説明するうえでも重要な役割を果たすことになる。
新型コロナウイルス感染症のワクチンが開発されたとき、それを有効に、そして効率的に分配するために必要な組織や制度、ツールは、すでに存在している。
すべての国が肝に銘じるべきなのは、敵はあくまでもウイルスであって、ほかの国ではない、ということだ。新型コロナウイルスに関してナショナリスティックな行動を取る国が多くなれば、このウイルスがもたらした世界的な保健・経済危機が長期化することになる。
ワクチンの分配は、質の高い科学的根拠に基づいて、(どの国に住んでいるかに関係なく)最も弱い人たちを守り、感染拡大を防ぐために最も有効な形で実行されなくてはならない。
ワクチンによって感染拡大を終わらせるためには、世界各国が迅速に、そして公正にワクチンを利用できるようにすることが重要だ。最も高い金額を支払う買い手にワクチンを売るというのは、好ましいアプローチでは、断じてない。
HBR.org原文:The Danger of Vaccine Nationalism, May 22, 2020.
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