●早期利用者のフィードバックに応える

 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、臨床医たちも対面外来を遠隔医療に切り替え始めたが、ペンシルバニア大学の旧式プラットフォームの処理能力では、遠隔医療に対応できなかった。その問題が発覚した2日後には、業者を変更する決定が下された。

 一方、対話集会で新しいソフトウェアに限界があることが確認されたおかげで、臨床医たちは、どのニーズを満たす必要があるかを明確にできた。

 たとえば、オンライン診察室に入るためのリンクを手作業で患者に送信するシステムでは、誤って複数の患者に同じリンクを送ってしまい、診察のダブルブッキングが起こりかねない。こうした事態を回避するためには、オンライン診察室のリンクを自動的に作成して患者に送信してくれるシステムや、それぞれの医師の診察日に診察スケジュールを組んでくれるシステムが必要だった。

 そこで、既存の電子カルテのデータと、業者のビデオ会議ソフトを使って、新しいプラットフォームのプロトタイプが迅速に(ある週末に)つくられた。カルテの関連データに、ビデオ会議システムを埋め込んだソリューションで、ほどなくして、テキストメッセージとメールで診察日が近くなると患者に通知したり、診察室のリンクとコンピュータの設定方法を自動送信したりする機能が加わった。

 このプラットフォームは、患者のプライバシー保護という最重要ニーズに対応していたため、早い段階で複数の臨床医が採用に踏み切ってくれた。だが、彼らが本当に喜び、使い続けてくれたのは、その便利な機能のおかげだ。

 患者がオンライン診察室に来たことをリアルタイムに教えてくれる機能や、診察時間の自動計算といったドキュメンテーションを簡素化する機能、メールのカレンダーに日々のスケジュールがダウンロードされる機能、地域から送られてくる感謝の手紙の回覧機能などだ。

 医師たちからのフィードバックは、プラットフォームの改良という目に見える形で反映され、それが医師たちのさらなるエンゲージメントを後押しした。また、これら早期利用者の称賛の声が、当初は懐疑的だったほかの医師たちの利用を促し、最終的に医療センター全体の採用をもたらした。

 ●現場の意見を取り込む

 4人からなるアプリ開発グループは、患者と臨床医の経験を大量に聞き取ることでインサイトを集めた。外来診察をするだけでなく、患者としてオンライン診察を経験したり、自分の家族にオンライン診察を受けてもらって話を聞いたりした。また、4人で300人以上の患者に電話をして、オンライン診察を受けるためのコンピュータ設定を手伝った。

 そこで明らかになったのは、最もトラブルが起きやすいのは、業者のビデオ会議アプリをダウンロードする部分であるということだ。その次に大きな問題は、オンライン診察室のリンクがどこにあるかが、わからなくなってしまうことだ(リンクアドレスは毎回異なる)。

 このように患者がトラブルに陥るポイントを把握したことは、テキストメッセージでサポートするボットの開発につながった。このボットを利用すると、患者の95%以上が自分で設定を終わらせることができた。

 このテキストメッセージ送信システムは、患者の質問に自動的に返信すると同時に、患者から受信したメッセージを医療従事者に転送する仕組みになっている。それを見ると、家族を介護している人が、家族(患者)とうまくコミュニケーションを取る方法を医療従事者に知らせたがっていたり、患者がひたすら愚痴をこぼしていたりする。「アプリが動かない。まったくイライラする。携帯に電話をくれ」といった具合だ。

 ボットが患者にメッセージを送りつつ、患者のメッセージを医者に転送する仕組みをつくることで、医師と患者の連絡方法をリアルタイムで変更できるようになった。また、言葉が通じないことが頻繁にあるため、このボットは65言語のリアルタイム翻訳機能を持つ。

 こうした細々としたハードルをクリアすることで、誰もが医療に集中できるようになった。ある医師が患者に、「この問題を一緒に解決しましょう」と言うとき、それはオンライン診療のトラブルではなく、患者の健康問題になったのだ。

 ●改革は準備をした者に勝利をもたらす

 駐車場に応急検査場が初めて設けられたとき、1週間で数千人が検査を受け、すぐにほかにも検査場が設けられた。また、私たちの新しいプラットフォームを使ってオンライン診察を受けた人は、1ヵ月でゼロから週2万4000人を超えた。

 危機が、これまでにないスピードと重点事項の優先を後押ししたが、私たちの準備態勢も貢献した。ペンシルバニア大学大センター・フォー・ヘルスケア・イノベーションでは、すでに数年前から、技術面とデザイン面の両方でイノベーション・インフラに投資していたのだ。

 臨床分野の経験がある、学内API(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)と人間中心設計を実践するデザイナーたちが、迅速な実行を可能にした。患者とのコミュニケーションを自動化してプロトコル化し、必要なら人間のバックアップを強化するテキストメッセージのプラットフォームも、すでに存在していた。

 こうしたことすべてが、解決に数ヵ月かかっていたかもしれない課題に、数時間あるいは数日で対応することを可能にしたのである。

 改革やイノベーションを外注することはできない。外部のベンダーやプレハブのソリューションを探していたら、突然の巨大なニーズに応えることはできなかっただろう。

 改革のリーダーは、組織の中にいる。そうしたリーダーは、「新しいサービスを一夜で立ち上げることは、しばしばそれを試す最善の方法である」というマインドセットを持つ必要がある。

 この種の行動志向の姿勢と、必要な権限を与えてくれるインフラの組み合わせは、危機に対応するとき、そして危機の中で組織を引っ張るときに、不可欠となる。


本稿筆者は、以下の方々の貢献に感謝する。ローレン・ハーン、クリスティーナ・オマリー、ニダ・アルラマヒ、ダミアン・レリ、イェフゲニー・ギテルマン、エリック・ラング、アーロン・ライトナー。リズ・デリーナー、キャサリン・シ、ネーダ・パテル、ジェイク・ムーア、ティモシー・ジョーンズ、モハン・バラチャンドラン、クリスチャン・セビンク、セテファニー・ブラウン。


HBR.org原文:5 Lessons from Penn Medicine's Crisis Response, June 22, 2020.


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