好調な時期でさえ、多くの企業が、よいアイデアがないから失敗するのではなく、新しい機会のために資金や人材を確保できていない。上場企業のリーダーは、たとえば投資家の圧力のせいにする。いわゆる「資本化か、費用化か」のジレンマだ。
彼らに言わせれば、社内のイノベーション・プロジェクトへの支出の増加(費用化)が損益計算書に響いている企業より、買収(資本化)がバランスシートに打撃を与えている企業のほうが、市場では好まれる。現実に、社内で市場の変化に対応したり備えたりするために1000万ドルを調達するより、10億ドルで買収するほうが簡単な場合が多い。
たしかに合理的に思える説明だが、よく考えると疑問が湧いてくる。リーダーは総合的な支出を増やすことによってではなく、既存の資金の投入先を変えることによって新しい機会をつかむことができるのだから、損益計算書に影響は出ない。にもかかわらず、大半の場合、彼らは既存の予算を少し変えることさえ拒む。
この問題は、多くのリーダーが主張するように、実際に予算を決める計算とプロセスに関係している。予算に関する決断は最終的に、内部収益率の予測の定量分析によって決まる。新しい機会は、どんなに刺激的に思えても、既存のリスクの閾値を満たさない。リーダーが数字を算出している時、変化に適応することは分の悪い賭けに見えるものだ。
しかし、この説明もうまくいかない。なぜなら、組織は完全に合理的であり、スプレッドシートと投資利益率(ROI)に支配されているという前提だからだ。
リスクやリターンの定量化は、見かけほど簡単でもなければ、信頼できるものでもなく、意思決定の原動力にもならない。むしろ、リーダーは印象や熱意をもとに選択することが少なくない──直感、勘である。予測の数字は、リーダーの選択を正当化して、社会化するために使われがちだ。
大規模な組織は常に新しい機会に投資するわけではなく、したがって危機に直面した際は、攻撃と防衛の両方を実行しようとして苦労する。その理由を考えるうえでカギを握るのは、資源配分の決断に圧力をかける感情的要因だ。
資源を再配分するためには、従来の配分を取り消さなければならない。数十年間の研究が明らかにしている通り、リーダーは自分の地位や権力が脅かされることを恐れて、既存の事業や予算に執着し、それらを自分の権利と見なし、何が「公平」かを判断する基準にする。
彼らは予算を失うことだけでなく、人材や組織の関心を失うことも恐れている。組織内で独立してプロジェクトを運営している人は、人材を異なる分野に移したり、新しい人材を連れてきたりするより、いまいる優秀な人材を守りたいと考える。
あるいは、すでに特定の物事を中心に戦略を構築しており、それ以外のことをしようとすると、戦略の中核から多くの時間とエネルギーが奪われかねないと案じているのかもしれない。
予算編成の惰性を生む感情的な力学が、増幅されやすい文脈がある。たとえば、顧客に「プレミアム」を提供することに主眼を置く企業は、乏しい資源を既存事業から別の目的に転用することに対し、より抵抗が強いかもしれない。顧客にとって重要ではない可能性がある分野でも、付加価値を高めることにこだわるからだ。彼らのDNAに引き算という発想はない。