報酬に関して
これまでより包括的なアプローチで臨む
コロナ禍が浮き彫りにしたのは、社会の中で、そして一つの会社の中で、大きな所得格差が存在しているということだ。株主中心モデルに基づく業績連動型報酬制度の問題点も、いくつか明らかになった。
たとえば、この仕組みにおいては、(ジェンダーや人種などの面での)公平性の問題や、第三者や環境への悪影響などの「外部性」の問題が考慮されない。また、きわめて不確実性の高い状況で、これまでの報酬制度が妥当なのかという問題も持ち上がっている。不確実な環境では、業績連動型報酬制度によってモチベーションを高めるという方法論が機能しづらいのだ。
古典的な業績連動型報酬制度においては、「業績」を株主への利益還元に限定して考えていて、企業幹部が株主への利益還元を増やすべく行動するよう促すために、報酬によってモチベーションを高めようとしてきた。
取締役会は、株主への還元を増やすことにつながると思われる行動や成果の目標を設定して、経営陣がその目標を達成した場合に、というより達成した場合に限って、巨額の報酬(それは現金の場合もあれば、自社株の場合もある)を支給すると約束する。理屈の上では、莫大な報酬にモチベーションをかき立てられた経営陣は、目標を達成するためにいっそう熱心に努力すると考えらえてきた。
しかし、思いもかけない景気悪化により、目標の達成が不可能になった場合、取締役会はどのように対応すべきなのか。
コロナ禍では、まさにそのようなことが起きた。ロックダウンで売り上げが激減したことで、わずか数カ月前に取締役会が設定した目標――経営陣がボーナスや自社株を受け取るための業績目標――は、たちまち達成不可能になった。
幹部報酬のかなりの割合は、事前に設定された業績目標を達成できるかどうかによって決まる。そのため取締役会は、幹部たちをどうやって会社につなぎとめ、モチベーションを高めればよいのかという問題に直面した。会社が危機を乗り切るためには、幹部たちの力がどうしても必要だからだ。
誰もがすぐ思いつくのは、目標を下方修正するという対応だが、それは報酬を業績に連動させるという考え方そのものの前提を覆すものに思える。特に、思いがけずビジネス環境が好転して、目標の達成が容易になったとしても、目標が上方修正されることはけっしてないからだ。また、誰もが苦しんでいる時期に、自社の経営陣が大勢の社員を解雇や自宅待機を言い渡している中で、その経営陣の報酬を維持することに前向きな取締役はほとんどいない。
このジレンマは、企業内の賃金格差により、いっそう難しいものになっている。たいていの企業では、最前線の社員と経営幹部や管理職の間に、途方もなく大きな賃金格差が存在する。しかし、最前線で働く現場の労働者抜きには、社会は十分に機能しない。
そうした「エッセンシャル・ワーカー」たちは、新型コロナウイルスへの感染リスクが高いだけでなく、概して給料も相対的に少ない。つまり、このような人たちは、健康上のリスクと経済上のリスクに最もさらされやすいのだ。
取締役会と経営陣がこの複雑な状況にどのように対処したかは、企業によってまちまちだった。一般社員との連帯を示すために、一時的な報酬カットを決めた企業幹部もいた。最前線の社員に臨時ボーナスを支給した企業もある。その一方で、前述した懸念はあるものの、業績目標を下方修正したり、ストックオプションの行使価格を見直したり、幹部に新しい株式やストックオプションを支給したりした企業もある。
しかし、これらの措置は、目先の問題には対処できても、コロナ禍で浮き彫りになった報酬設計の問題そのものを解決することはできない。
これまでの教科書的な説明によれば、取締役会は、経営陣の利害が株主の利害と一致するように報酬制度を設計すべきであり、経営陣に成果を上げさせるためには、強力なインセンティブが不可欠だとされてきた。
この考え方に基づく報酬制度は多くの企業に浸透しているが、さまざまな研究によれば、この種の仕組みに欠陥があることがわかってきている。進歩的な株主も、幹部報酬をもっと多くの要素(企業戦略、環境への影響、社会への影響など)と結びつけることを主張し始めている。
一部の企業の取締役会はコロナ前から、業績評価に新しい要素を加えるなどして、目先の株主還元だけでなく、長期的に見た会社の健全性と社会のニーズを重んじるように転換していた。幹部報酬を二酸化炭素排出量の削減やダイバーシティ(多様性)およびインクルージョン(包摂)と結びつけている企業もいくつかあった。
社会がコロナ禍を経験し、人種間の不平等が問題になる中で、経済的正義を求める声は強まるばかりだ。その点を考えると、経営幹部の報酬だけでなく、現場の一般社員の給料についても、取締役会が金額の正当性を担保すべきだと考えられるようになるのは、時間の問題だろう。それも、株主だけでなく、社会が納得するような金額にすることが求められる可能性が高い。
社会・経済環境の変化に伴い、取締役会の報酬委員会は、幹部の報酬のみならず、すべての社員の給料の決定を監督する権限を持つべきだ。また、報酬制度が自社の戦略と社会への約束に合致し、社内で公正で平等と評価されて、不確実性の高い市場環境に適したものになるようにする必要もある。