ビジネスと社会の関わりへの
関心を強める

 コロナ禍で痛感させられたのは、ビジネスと社会が緊密に結びついているという事実だ。大規模な社会的問題が企業にとって大きなリスク要因になりうることも明白になった。

 これまで、株主中心主義者は、そうした社会的問題を企業活動の範囲外と見なしてきた。理屈はともかく、企業が自社を社会全体から切り離すことは簡単でないのだ。

 新型コロナウイルス危機は、最初は公衆衛生上の危機として出発したが、ほどなく空前の金融・経済危機に発展した。ウイルスが世界中に拡散する中で、影響を免れた企業はほとんどなかった。

 自社の製品やサービスへの需要がたちまち激減してしまった企業もあれば、注文が急増した企業もあった。新しい仕事のやり方を、それこそ数日の間に、ことによれば数時間の間に考案しなくてはならなくなった企業も少なくない。株式相場はまず急落し、その後、前例のない不安定な値動きを示すようになった。

 政府の対応は一貫性を欠き、しばしば有効とは言い難い。しかし、景気の回復は、公衆衛生上の危機を封じ込められるかどうかに大きく左右される。そこで多くの企業は、自社が直面している厳しい状況に対処しつつ、政府の対応が不十分な点を埋め合わせようと努めてきた。取締役たちは経営陣のコロナ対応策を吟味する際、この危機をどうやって乗り切るかという点だけでなく、この感染症とどのように戦い、支援活動にどのように協力するかという点も検討している場合が多い。

 数々の企業が感染症との戦いに貢献するために立ち上がり、生産ラインを改修して必要な物資の製造に乗り出したり、平常時であれば企業秘密扱いの情報を公開したり、自社の施設やサービスを公衆衛生当局に提供したりしている。その一方で、このような好ましい対応を取れず、それどころか政府の企業支援プログラムを悪用しているとして、世論の批判を浴びている企業もある。

 企業の取締役会と経営陣は、十分な対策を準備できていない想定外の危機に悪戦苦闘しながら、社会への責任という難しい問題に対処しなくてはならなかった。

 社会全体に関わる問題への対応を企業に求める声は、少なくともこの10年間ほど高まってきていた。具体的には、所得・資産の不平等の拡大、環境破壊の進行、気候変動、人種・民族差別、公衆衛生と教育の質の低下、汚職の増加、公的制度の劣化、そして感染症のリスクの増大といった問題への取り組みが、企業に求められるようになっているのだ。

 そうした社会的要請に応えて、社会的問題の是正に貢献するための革新的な方法を見出している企業がある半面、問題から目をそらし、これらの問題を「社会の問題」(経済学者が言う「公共財」の問題)と位置づけている企業もある。そのような企業においては、この種の課題は、株主の代理人である企業幹部が関心を払うべき事柄でない、と考えているのだ。

 コロナ禍を通じて、これらの問題が企業の正当な関心テーマであること、そしてそれ以上に、企業にとってリスクと機会の源でもあることが明らかになってきた。社会のさまざまな要素は、市場のさまざまな要素と同様、ビジネス環境と競争環境に大きな影響を及ぼす場合があるからだ。

 この危機をきっかけに、取締役会は経営陣と協力し、自社のリスク管理システムと監督システムがこれらの大規模な社会的問題に対処できるように、注意を払うべきだろう。また、これらの問題を考慮に入れて戦略立案と資源配分を行うことにより、少なくとも自社の活動が問題を悪化させないように、理想的には問題の緩和に貢献できるようにする必要がある。

 コロナ後の時代に、機関投資家や政府、世論は、企業が社会的問題に注意を払い、問題の解決に向けて積極的な役割を果たすことを求めるようになるだろう。それに伴い、取締役会は、ビジネスと社会の関係にもっと目を光らせることが期待されるようになる。

 持続可能性、企業の社会的責任、社会との関わり、企業市民としての行動、ESG(環境、社会、ガバナンス)……呼び方はどうであれ、このような要素を取締役会が強力に監督することが例外的なことではなく、当たり前になるだろう。