
新型コロナウイルスの感染拡大という未曾有の危機に直面し、先行きも不透明な中、取締役会は難しい経営判断を迫られ続けている。かつては株主利益を最大化するか否かという基準に従えばよかったが、ここ数年で企業は株主資本主義からの転換を迫られており、コロナ禍はその流れを大きく加速した。いま、コーポレートガバナンス(企業統治)のあり方を根底から見直すべきタイミングが訪れている。取締役会はどう変わるべきなのか。本稿では、5つの重要なポイントを提示する。
新型コロナウイルスの感染拡大が始まって以来、企業の取締役会は立て続けに難しい決断を求められてきた。
たとえば、株主への配当の支払いについての決定がそうだ。ふだんであれば、これはそれほど難しい決定ではない。すでに公表されている方針に従うなり、過去の慣行に準拠するなり、株主の期待と当該期間の収益に基づいて金額を決めるなりすればよい。
しかし、今年は、新型コロナウイルス感染症の流行により経済が壊滅的な打撃を受けているうえ、現在の危機がどれくらい深刻化し、どれくらい長引くかも不透明だ。そのため、配当の支払いに当たっては、いくつもの要因を比較衡量して判断しなくてはならない(もっとも、その会社が配当の支払いについて検討できるだけの資金的なゆとりがある場合の話だが)。
実際、取締役会は今年、配当に関する議論でいくつもの要素を考慮している。社員が解雇や自宅待機を言い渡されている時に、配当という形で株主に利益を還元することは、公平と言えるのか。そうした判断は、どのような象徴的意味を持つのか。配当の削減を求める政府の呼び掛けに従うなり、従わないなりした場合に、将来どのような機会を得られるのか(あるいは機会を失うのか)。
配当を予定通り支払うか、支払いの中止や減額を行うかによって、会社の評判にどのような影響が及び、どのようなシグナリング効果が生まれるのか。株主は配当についてどのような期待を抱いていて、配当収入に大きく依存している株主の割合はどのくらいなのか。自社のキャッシュポジション(手元資金)と戦略プランはどうなっているか。きわめて不確実性の高い状況において、慎重な態度とは、どのようなものなのか。
平常時であれば数分で結論が出るような――あるいは、議論らしい議論もなしで終わるような――題材に、1時間(時にはそれ以上)の時間を要するようになったのだ。しかも、結論に達しても、まだ仕事は終わらない。その決定を対外的に、どのように説明するかも話し合う必要がある。
最終的に、予定通り配当を支払うと決めた企業もあったし、配当の中止や減額を決めた企業もあった。政策当局と中央銀行が配当の削減を促した英国と欧州では、主要金融機関など多くの企業がその指導に従った。それに対し、米国では、当局と専門家の懸念を尻目に、大半の大手金融機関は配当を維持することを約束した。こうした違いはあったものの、いずれの場合も結論を出すまでのプロセスは平坦にはほど遠かった。
配当をどうするかというのは、コロナ禍の中で企業の取締役会が直面している問題の一例にすぎない。新型コロナウイルスの流行により、さまざまなステークホルダー(利害関係者)層からの圧力や要求が複雑化し、社会に積極的に関わって企業市民として行動することを求める声が高まり、未来がきわめて不確実な状況になっている。
これらの要素は、取締役会の意思決定を一筋縄でいかないものにし、株主中心型のコーポレートガバナンス(企業統治)モデルを揺るがしている。この数十年間、取締役会と企業経営者の行動指針になってきたのは、そのような企業統治モデルだった。
専門的に「エージェンシー理論」と呼ばれる考え方を土台にする株主中心型のモデルは、もっと多様な要素を取り込んだモデルに取って代わられつつあるように見える。それは、自社の健全性とレジリエンス(再起力)を企業統治の核に据えるモデルである。
コロナ禍により私たちが思い知らされたのは、社会が最も基礎的なニーズ(食料、住居、通信手段などを思い浮かべればよい)を満たそうとするうえで、うまく機能している企業が欠かせない存在だということだ。
また、企業の存在意義は株主への還元を最大化することだけではないこともはっきりしてきた。その結果、取締役会(法律上は企業の統治機関だ)は、株主に還元する利益だけでなく、自社が長期にわたって価値を生み出すために必要な、さまざまな要素に関心を持つべきだと考えられるようになってきた。
逆説的に聞こえるかもしれないが、このように企業の役割を広く考えても、取締役会が株主に対して負う説明責任が小さくなるわけではない。説明責任の性格と範囲が変わることになるだろう。
コロナ危機が企業統治の転換点になるかどうかは、まだわからない。しかし、エージェンシー理論に基づく企業統治モデルの重要な前提が揺らいでいることは間違いない。取締役会の活動も、それに伴って大きな影響を受ける。
本稿では、取締役会が直面する難題のいくつかを論じ、コロナ後の時代に取締役会の役割がどのように変わる可能性が高いか、5つの点を指摘したい。取締役会は、毎年の自己評価を行う際、その5つの点について、みずからの能力と態勢を検討したほうがよい。
なお、取締役会が自己評価の際に検討すべき事項のリストは、過去の記事を参照いただきたい。