ここから、小売ビジネスへのAR導入とオンラインショッピングが進む新しい領域がもう一つ浮上してくる。それは、バーチャルグッズの販売である。すでに、バーチャルグッズを販売する高級ブランドも現れている。
たとえばルイ・ヴィトンは、大人気のeスポーツゲームである「リーグ・オブ・レジェンド」内で用いるデジタルスキン(バーチャルキャラクターに着せるブランドものの衣服やアクセサリー)を販売している。オンラインゲーム内のデジタルスキンやさまざまなアイテムの市場は、2022年までに全世界で500億ドルに拡大する見込みだ。
すでに普及し始めているバーチャル試着のサービスは、たしかに小売ビジネスにおけるAR活用の素晴らしい実践例と言える。消費者が自宅で商品をチェックし、自分のボディサイズに合うかどうかを確認して、商品をすぐに購入できることの利点は非常に大きい。
しかし、実際のリアルな商品だけでなく、ジュエリーや衣料品やアート作品など、バーチャルな商品も売られるようになれば、さらに大きな進歩と言えるのではないか。
私は昨年、アップル・ペイにARを組み合わせてバーチャル商品を販売する場合、どのような感じになるかを予測したデモ動画を作成したことがある。また、ズームなどのビデオ会議システムと組み合わせることも可能だろう。消費者にとってバーチャル商品は、いままでは手が届かなかったようなブランドと接点を持ち、それを試用し、その一部を所有する機会をつくり出せるのだ。
現時点で最も典型的なバーチャル商品の例は、アートの世界にある。
今年3月、アーティストのブライアン・ドネリー(別名KAWS)は、アキュート・アートというアプリを利用して、「エキスパンデッド・ホリデー」と題したバーチャル展覧会を開いた。この展覧会では、AR彫刻を週7ドル、もしくは月30ドルでレンタルできるようにしていた。
このような新しい小売モデルの萌芽は、ファッションの領域でも見られる。しかも、そうしたデジタルスキンを購入してゲーム内のキャラクターに着せるだけでなく、自分自身にバーチャルな衣装を着せるようになっているのだ。
小売ビジネスへのAR導入が新たな段階に進めば、バーチャル商品の販売はさらに増えるだろう。コロナ禍の影響により、「デジタル・リップスティック効果」とでも呼ぶべきトレンドが生まれると、私は予測している。
一般的な「リップスティック効果」とは、景気後退期にも人々が(リップスティックのような)ささやかな贅沢品を購入し続ける傾向を指す言葉だ。今日の世界では、バーチャル商品がこの面でリップスティックと同様の存在に――さしずめデジタル・リップスティックに――なる可能性がある。
私の著書Augmented Human(未訳)で述べたように、人々が現実世界を理解し、その世界と関わる際の古いルールブックは、もう通用しなくなっている。コロナ禍はさまざまな面で、そうしたデジタルトランスフォーメーションを促進する触媒の機能を果たしてきた。
その変化に対応するために、リアルな商品を扱う小売業は変化を遂げる必要に迫られている。そして、ARを活用することにより、消費者の買い物体験を途方もなく充実させられることがわかってきた。
いま、ビジネスリーダーとブランドは、小売ビジネスのあり方を根本から見直すだけでなく、ARによる没入型の買い物体験を大きく前進させるべき時にきていると言えるだろう。
HBR.org原文:How AR Is Redefining Retail in the Pandemic, October 07, 2020.
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