怠惰な姿勢:
組織能力を過大評価する

 変革の開始を宣言する経営幹部が忘れがちなのは、変革を実際に起こす従業員が日常業務も引き続きこなしていることだ。変革の影響を受ける人たちが日々の職務を果たしながら変革を成功させるにはどれほどの容量が必要なのか、その計算をしていないのである。

 多くの経営幹部は変革を打ち出した後、次に目についた魅力的なものに気をとられてしまう。リーダーはみずからのリーダーシップを改善していく努力を続ける代わりに、変革の「戦略的重要性」を従業員に思い出させる動画をつくり、自分の名義でコミュニケーション担当者に社報の記事を書かせ、実際にはまだ確固たる変化が実現していないにもかかわらず、取り組みの初期の進展を指して時期尚早な勝利宣言をする。こうして細部を詰めることを怠った変革は、宣伝キャンペーン以上の何物でもなくなる。

 前述の金融サービス会社では、多くのシニアエグゼクティブが出演して見事に制作された17本もの動画、同社の新サービスを早期に取り入れた顧客の事例を称賛する多くの社報記事、23人ものイニシアティブリーダーが組織全体に発信する何百通もの進捗報告メールがあった。そのようなメールの開封率は18%程度にとどまった。

 変革に関して、これほど多くの「コミュニケーション」が行われたにもかかわらず、変革の目的は広く間違って受け止められ、現状に関する誤解も数多く見られた。さらに悪いことに、組織でこの変革が始まって以来、変革に関連するとリーダーが主張する変更がいくつも追加されたが、実際には変革とのつながりはなかった。

 たとえば、人事部門は何年も延期していた全社的な人事情報プラットフォームの導入に踏み切った。人事部門はこれを「ピープル・サービス」と名づけ、より多くの人々から賛同を取り付けようとして、組織変革と関連があるかのような幻想をつくり出していた。

 組織変革は、そのためにどれほど懸命に働く必要があるか、組織内にどれほど能力や規律が実際に備わっているかを正確に認識し、変革のリーダーシップを取る経営幹部みずからが先陣を切って変化にコミットするところから始まる。さらに、変革に関するコミュニケーションを効果的に行うためには、変革について話す時の2倍の時間をかけて、組織内の声に耳を傾ける必要がある。

 そこでまず、この金融サービス会社では、数多くのイニシアティブをいったん停止することにした。リーダーたちは、社内でうまく展開するだけの能力やリソースのないイニシアティブを取りやめたのだ。

 その後、ヒアリングの機会を設けた。その場でリーダーたちに許されていたのは、質問をすることだけ。変革がもたらした混乱について従業員の話をひたすら傾聴し、弁護することはなかった。次いで、変革に必要な人材を動員するために、どの日常業務をいったん停止できるかを見極めた。

 そして、サービス中心の会社を率いるために不可欠なリーダーシップの6つの能力を突き止め、それらの能力に基づき社内のリーダー45人を評価したうえで、それぞれに合わせた人材開発およびコーチングプランを作成した。

 リーダーたちの進捗報告には、自分に不足していると評価された能力を認識することと、それを改善するために何をしているかも含まれるようになった。これにより、変革への組織内での信頼性はいっきに高まった。リーダーみずからが変革の成果をもたらすための投資をしていることが、一目瞭然となったからだ。

 リーダーが自分自身も変わることを公に約束することは、自分たちが打ち出した変革を完遂する統合力があることを示している。