
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、人々の暮らしやビジネス環境は大きく変わった。すでにデジタルテクノロジーによる大きな変化がもたらされていたが、コロナ禍でそのスピードが劇的に加速。加えて、多くの人々は企業に対し、自身が共感できるような社会的価値提供をより強く求めるようになった。このような本質的な変化が進む中、企業はいかに顧客への提供価値や企業活動を進化させていくべきか。本稿では顧客体験を軸にビジネス全体を変革する“ビジネス・オブ・エクスペリエンス(BX)”の本質と、なぜ今BXが企業にとっての喫緊の課題であるかについて論じていく。
顧客体験を起点にした組織全体の大変革

アクセンチュア 執行役員/インタラクティブ本部 統括本部長
「顧客体験を起点とした企業変革」の実現を世界有数のブランド企業に提供。IMJ とビジネットシステムのM&Aをはじめ、デザインスタジオFjordやCGIに強みを持つMackevisionのブランドの日本立ち上げ、世界的なクリエイティブエージェンシーDroga5の日本拠点Droga5 Tokyoの開設を率い、グループ全体で企業のビジネス成長を支援している。
木原:COVID-19の感染拡大は、世界中の社会・人々の生活やビジネスに大きな変化をもたらしました。多くの人が、コロナ対応やサステナビリティなど、企業の社会的価値に共感できるかで、製品・サービスを選ぶようになりました。
企業は従来のように、財務的なビジネス成果を求め、業務オペレーションの最適化・効率化を進めるだけではたちゆかなくなり、企業経営のパーパス(存在意義)を掲げ、感染症への対応や環境問題など、様々な社会課題の解決に貢献しながら、経済活動と利益を追求することが期待されています。それは、これまでの顧客・従業員との関係性が大きく変わることを意味しています。
黒川:これはCOVID-19感染拡大以前からの傾向ですが、生活者のニーズが多様化・流動化し、「イノベーション」や「顧客体験(CX)」の重要性が叫ばれる中、多くの企業は、部分的なデジタル化、CX向上に向けた取り組みや、専任部門(顧客体験担当部門やデジタル変革推進部門など)の設置などの対応をとってきました。しかし、あくまで財務的なビジネス成果を主軸に業務の最適化・効率化を優先して作り上げてきた土台の上での取り組みに過ぎず、限定的な成果しか生み出せなかったのではないでしょうか。
私たちが提唱する「ビジネス・オブ・エクスペリエンス(BX)」は、このような従来の取り組みとは全く異なります。BXは、優れた顧客体験の構築・提供を起点に、製品・サービスや顧客接点だけでなく、ビジネスモデル、組織構造、人事制度、サプライチェーンなども含めて組織全体・ビジネス全体を抜本的に再構築するアプローチです。組織全体で顧客に向き合う企業に生まれ変わるのです。BXはCX向上の延長ではなく、今、企業が変革しなければならない理由そのものと言っても良いでしょう。

成熟した日本市場において企業が生き残るには、新たな価値を提供し続ける必要があり、画一的な製品・サービスをマスマーケティングで売る時代はとうの昔に終りました。こういった変化への対応として、CXの重要性を認識し取り組みを進めている日本企業は多いものの、組織、体制、オペレーションのやり方を変えることなく従来の製品・サービス周辺のタッチポイントの最適化に留まっています。さらに、洗練されたデザインの使いやすいWebサイトや優れたユーザーインターフェースを備えたアプリなどは、今日の生活者にとっては当たり前で、他社との差別化につながりません。このような企業起点での表面的なアプローチから脱却するには、顧客視点に立ちどのような体験価値を届けたいかを徹底的に見つめ直す。そして優れた体験を顧客に提供するためには、企業活動全体のあり方を顧客体験提供の視点で構成し直すこと(すなわちBX)が必要です。この実現には、CEOをはじめとする経営層のコミットメントが欠かせません。日本企業の経営層の方々には、今すぐにBXの重要性を認識の上、この大変革を主導していただきたいと考えています。
BXの核となる自社のパーパス(存在意義)
企業変革の起点として、自社のパーパス(存在意義)が明確になっていることが非常に重要です。企業が株主のために利潤だけを追求すれば良い時代は終わりました。社会がより複雑になり、企業活動が地球環境や社会全般に及ぼす負の影響が顕著になるにつれ、特に新しい世代の生活者は、企業に対してより意味があり責任を持った行動を求めています。今日の生活者は、「その企業が自分にとってどのような存在で、どのような価値があるのか」をシビアに見ており、パーパスを基準に製品・サービスを選ぶ傾向が強まっています。グローバルの調査では、Y世代/Z世代の過半数が「社会問題に関する企業の言動に失望したために、その企業への支出を減らし別の企業に乗り換えたことがある」と回答しています。企業が便利で高機能な製品・サービス以上の価値を提供する必要があることは明らかです。
創業時に掲げた志や思想は、長年の経営やビジネス環境の変化で忘れられがちです。また、日本企業には同業他社と似通った企業理念を掲げているケースも多く見られます。自社の社会的意義を再確認、場合によっては更新し、現代社会にどのような価値を提供するブランドとして存在したいのかを考えていく作業がBXのスタートラインになります。
企業のパーパスを重視するのは、顧客だけではありません。従業員もまた、パーパスやビジョンに共感できる企業で働きたいと考えています。パーパスを軸に経営することで、すべてのステークホルダーの気持ちをまとめ上げることができるのです。