人を大切にする

 FDNYには長年にわたり、ストイックで個人の自立を重んじる文化があった。レイ・ブラウン元副隊長はその文化について、以前は「セラピーはボトルの中に入っていた」と表現する。しかし、9.11の心理的な代償と傷は多くの人にとってあまりに大きすぎるもので、規範を変える必要があった。それも早急に。

 隊員らは、高度な訓練を受けた専門家による治療支援サービスを積極的に受けようとはしなかった。そこで、FDNYは斬新なアプローチを取った。退職した隊員に基本的なカウンセリングの研修を行い、消防署にピアカウンセラーとして配置したのだ。すると、カウンセリングの利用は増加した。

 その効果は明らかで、持続した。当時、FDNYの隊長を努めた筆者のブラウンは、カウンセリングを受けることを恥ずかしいとは思わず、サービスを利用しなければ危険を冒すように感じた。ツインタワーで活動したFDNYの元隊員らは今日、カウンセリングの意義深さと効果について語っている。

 たとえば、ケリー・ハリウッド元隊長はこう話した。「変わった。以前は『受け入れろ』と言われるだけだった。いまでは(中略)署にカウンセラーが派遣される。(中略)誰かに相談したければ、カウンセラーに相談すると必要な期間、(勤務の)表から外してもらうことができる」

 グラウンドゼロで活動に当たった消防隊員の約75%が現在、その影響による慢性疾患を患っていると推定される。FDNYは2002年2月、9.11で負傷あるいは死亡した隊員やその家族を支援する方針を正式に決定した。その内容は、医療費、子どもの通学、煩雑な書類作成の支援、死亡した際の埋葬など多岐にわたる。

 グレン・ローハン元副隊長は言う。「ダニエル・ニグロ署長がこの家族支援を始めた時に(FDNYは)立ち直ったと思う。(中略)私たちは死に向かう彼らの面倒を見るのだ、と。私はその時こう言った。『私たちは以前よりも強くなった』」