9.11を集合的アイデンティティに組み込む
9.11のような衝撃的な出来事を個人や集団のアイデンティティに織り込むには、巧みにバランスを取ることが必要だ。トラウマになるような出来事はすべてを変えてしまう。
たとえば、レイ・ブラウン元副隊長は、消防隊員が別れの挨拶に「See you at the big one」(大火事の時に会おう)とよく言っていたことを思い返した。9.11以降は「『See you at the big one』とは言わなくなった」とブラウンは言う。
だが、そうした出来事がすべてではない。FDNYの元消防隊員のルイス・ジャコメッリは、「9.11で自分を定義されたくなかったし、それによって束の間の名声を得たくなかった」と話す。FDNYもそうだった。
トラウマから抜け出すうえで、個人、部門、組織の課題となるのはそれだ。困難な状況を否定することは、トラウマを箱に入れて閉じ込めること(あるいはそうしようとすること)だが、箱は漏れる。一方で、トラウマを経験して追体験すると、その人や組織にトラウマ以外が残らなくなってしまう。
リーダーは、部下が過去から未来へと続く出来事の流れの中に身を置くことができるようサポートすべきだ。そのストーリーがコンテクストと意味を与え、共通のパーパスを強化し、癒しを促す。
過去が今日につながるように、FDNY本部や管理部門、医療センターを訪れると、死亡した隊員343人の名前が記されたブロンズプレートで埋め尽くされた壁や、WTCで命を落とした全隊員の写真と名前を掲載したポスターが必ず目に留まる。
将来に向けてFDNYの「プロビー」と呼ばれる新人らは、9.11の遺物があふれる消防学校で訓練を受ける。前を向き、未来に向けて遺産を引き継ぐというメッセージは、これ以上ないほど明確だ。
たとえば、プロビーが懸垂に使う鉄棒は、ツインタワーの残骸で作られた柱に固定されている。その足元のプレートには、現在を経て過去と未来がつながることが示されている。「過去に従事した者たちから、未来に続ける者たちへ。誇りを持ち、勇気を持ち、強くなれ。だが、何よりも備えよ。FDNY、けっして忘れない、2001年9月11日」
死亡した隊員と未来の隊員との最も強い結びつきは、消防隊員だった親を9.11によって亡くしたFDNYの隊員たちだろう。その数は増え、現在65人に上る。彼らにFDNYに入隊した理由を尋ねると、たいていの場合、尊敬する最愛の親とのつながりの中で生きていくことや、親を近くに感じながら未来に向かって進むことを挙げる。
父ビンセントを9.11の影響による脳腫瘍で亡くしたジェームズ・タンクレディ隊員は「勤務中のことを話し合えたらよかったと思う。そうすれば(中略)自分に欠けたものが埋められたように感じる」と『ニューヨーク・ポスト』紙に語っている。最近のプロビーのクラスにはこうしたメンバーが21人いて、FDNYの隊員の一部からは「9.11孤児」と呼ばれている。
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ニューヨーク市は、挑戦的にツインタワーを再建し、まったく同じものにすることもできたし、より高く、より大きくすることもできた。しかし、どう再建するのが最善かを慎重に検討することを意識的に決断し、単に以前の建物を再建することはしなかった。
FDNYも同様に、挑戦的に9.11前の状態に戻すことができたはずだ。9.11とその直後の試練の中で、過去のFDNYから慰めと功績を得ようとすることもできた。しかし、FDNYのリーダーたちは、組織を見つめ直し、原初的な悲劇を、学び、変化し、まだ見ぬ未来に拡大する役割に備えるための機会に変えた。
FDNYが9.11から得た最大の教訓は、レイ・ブラウン元副隊長のこの言葉に集約されるだろう。「どこで働こうと、どんなことにも対応できるようにしておかなければならない」。この教訓をもとに、FDNYは次に起こりうるものに向かって戦略を立てたのである。
"How the Fire Department of New York Changed After 9/11," HBR.org, September 10, 2021.