Audrey Shtecinjo/Stocksy

リーダーは「自分の感情や弱さを絶対に見せてはいけない」と思い込んではいないだろうか。かつては、冷静かつ恐れ知らずで、何に対しても正解を知っている英雄的なリーダーが求められていたのかもしれない。だが、組織や従業員がいま求めているのは人間的なリーダー、すなわち自分の弱さを見せ、相手と個人的なつながりを持ち、従業員のポテンシャルを解き放つことができるリーダーだ。しかし、いざそうなろうと思っても、戸惑いや不安、あるいは強い恐怖すら感じることが少なくない。本稿では、エグゼクティブコーチとしての経験から、英雄的なリーダーから人間的なリーダーに変わるための3つのステップを紹介する。


 ニューヨークのアッパーイーストサイドにあるエレガントなオフィス。ドアが開く数分前になると、居心地のよい待合室にトップクラスのビジネスエグゼクティブが、1人また1人と、身を隠すかのように滑り込んでいく。みな、知り合いに出くわすのではないかと冷や冷やしているのだ。実際にそうした状況が起きると、どちらも気まずそうに目をそらす。

 ここは、ある有名な心理療法士の診察室だ。そこにやってくるビジネスリーダーのほとんどは、できれば自分が通っていることを秘密にしておきたいと思っている。現実には、いまやCEOの20%以上がセラピーを受けているにもかかわらず、だ(リチャード・ニクソン元米大統領の心理療法士が、ストレスを感じた時に助けを求められるリーダーは勇気があり、広く社会の利益にかなうと言ったものだが)。

 残念ながら、多くのビジネスリーダーにとって、誰かに助けをオープンに求めたり、自分の感情を掘り下げたりすることは、依然として弱さの表れだと認識されることが多い。

 長年、成功するビジネスリーダーとは、常に正しく、何があってもうろたえることなく、冷静かつ恐れ知らずでなければならないと考えられてきた。こうしたリーダーは生まれながらの英雄であり、当然のように最高の知性を兼ね備えているため、彼らが素晴らしいアイデアをもたらし、トップから指示を出して、下々の者がそれを実行するものと思われていた。

 筆者はエグゼクティブコーチとして、数多くの「英雄的なリーダー」と協働してきた。成功を収めている賢明なエグゼクティブは、頭脳でリードする達人だ。にもかかわらず、彼らの多くがいま、おそらく知っているべきだが知らないことがあると気づきつつある。それは頭脳だけではなく、心と魂を持ってリードする方法だ。

 つまり、筆者が「人間的なリーダー」と呼ぶものになる方法を、彼らは知らない。これは世界規模の問題だ。リーダー自身のみならず、周囲の人々や企業、さらには社会全体にとっても大きな問題となる。

 フォーチュン500の工業会社でCEOとして成功しているチャーリー(仮名)は、筆者と出会った当時、あらゆる問題を解決して、トップから指示を出すことにより、組織の統制を取り、効率的に動かすことこそが自分の仕事だと思っていた。人の話に耳を傾けるよりも、自分が話したがるタイプで、何事も待つことができないことが多く、常に揺るぎない自信をみなぎらせていた。

 そこにコロナ禍がやってきた。経済に急ブレーキがかかり、工場は操業を停止しなければならなかった。従業員にも感染者が出た。多くが隔離とロックダウンに苦しみ、鬱状態に陥ったり、バーンアウト(燃え尽き症候群)したりした。

 チャーリーはCEOとして、このような問題をどうすれば解決できただろうか。どれ一つとして、プレーブックは存在しない。突然、彼はどうしたらよいのか、まったくわからなくなり、その事実に恐怖を覚えた。「何でも知っている」という見せかけの自分を捨てなければならないという事実も、彼を不安でいっぱいにした。

 コロナ禍は、それ以前から明らかになりつつあったことを際立たせた。すなわち、英雄的なリーダーは、もはや企業には必要ないということだ。

 現在、あらゆるレベルにおいて、最も有効なリーダーシップに重要なこととは、技術に関する専門知識でもなければ、すべての答えを知っていることでもない。説得力あるビジョンを明確にするだけでなく、人間らしくあること、自分の弱さを見せられること、人とつながれること、そして人々の潜在能力を解き放てることだ。

 なぜか。第1に、世界は変わった。現在のビジネス環境は急速に変化しており、ますます予測不可能な状態になっている。私たちが直面している、健康、環境、社会に関する複雑かつ危機的な状況を解決できる、絶対確実なレシピを持っている人はどこにもいない。

 第2に、従業員は、自分が仕事で最善を尽くすことができるように、魂のない歯車のように扱われるのではなく、きちんと敬意を払われ、自分の声に耳を傾けてもらいたいと考えている。また、刺激を受けたいと思っている。彼らは、自分が一人の人間として見られ、理解され、大切にされることを望んでいる。そしてリーダーに対しても、雲の上の半神のような存在ではなく、人間的であってほしいと思っている。株主の気持ちも同じだ。

 現代のビジネスリーダーは、人間的に偉大なリーダーでなくてはならない。そうだとすれば、なぜ相変わらず、人間的なリーダーは標準的でなく例外的な存在なのだろうか。それは、チャーリーのように怖いもの知らずに見える英雄的なリーダーが、ある巨大な障害に直面しているからだ。すなわち、自分自身の恐怖である。