3極から圧力を受け、後手に回る日本
米国は、自由主義経済のリーダーというポジションや基軸通貨ドルなどをフル活用しながら、世界中から圧倒的な資金と人材を獲得し、みずから市場を形成してデファクトスタンダード(事実上の標準)をつくり上げる戦い方です。
最近のアップルを例に説明すると、2021年にリリースしたiPhoneなどの新OS(基本ソフト)では、ユーザーの同意がなければ個人情報を追跡できないようにする機能を追加しました。プライバシー保護を求める社会からのニーズに応えるために、これまでも自社ブラウザー「サファリ」で消費者の追跡を制限するなどの措置を取っていましたが、顧客の不安を解消するためにいちだんとプライバシー保護に踏み込んだわけです。
これは社会価値や顧客の体験価値を上げる全方位経営の一環であると同時に、広告ビジネスで収益を上げる他のプラットフォーマーに打撃を与え、差別化を図るしたたかな戦略です。
これに対してEUは、多国間での調整構造を活かし、域内企業に有利となる法的な枠組み「デジュールスタンダード」をグローバルに提示していく戦い方です。産官学が連携し、NGO(非政府組織)などの主張をルールに取り入れながら、うまく国際世論を形成しています。
たとえばユニリーバは、SDGsの実現に寄与すべく、サステナビリティ関連のKPIと財務KPIをひも付け、成長の枠組みとして活用しており、同社の売上げの75%はサステナビリティブランドによってもたらされるようになっています。
一方、「覇権」国家を目指す中国は、国と企業が一体となり、国家全体をコングロマリットのように経営し、世界市場を席巻する戦い方です。国内市場に対して戦略的に中国統一基準を課しており、巨大市場に魅力を感じて進出している欧米や日本の企業もこれに従わざるをえません。途上国に対しては、経済支援と外交圧力によって中国標準を展開する覇権外交を行っています。
民生用と国防用を合わせた科学技術予算の総額は、中国が米国を大きく上回って世界1位、世界知的所有権機関(WIPO)が発表した2020年の国際特許出願数も前年比16.1%増の6万8720件で、2位米国(3.0%増の5万9230件)との差を広げています。人工知能(AI)や自動運転、サイバーセキュリティなど主要技術領域でも世界をリードしています。
2017年に習近平総書記が「社会主義現代化強国」を打ち出してからは、国有企業の影響力を強めることで経済活動への国家統制を進める「国進民退」の動きが目立っています。政府権限を脅かすほどに巨大化したプラットフォーマーのアリババやテンセントなどに対しては、独占禁止法に基づく罰金を科すなど、統制を強化しているのはご存じの通りです。
この3極の狭間で日本は岐路に立たされています。電気自動車(EV)を例に取ると、米国はいまや時価総額が100兆円を突破したテスラや新規上場で時価総額が9兆円を超えたリヴィアンなど、新興企業が成長期待によって巨額の資金を集め、その資金調達力を背景にデファクトを構築しようとしており、政府もEV充電網整備などでそれを後押ししています。
EUは2021年7月、ハイブリッド車を含むガソリン車の新車販売を2035年に事実上禁止する方針を打ち出し、今後、欧州議会で立法化を進めようとしています。また、中国はEVなどの新エネルギー車(NEV)の生産をメーカーに義務付けるNEV規制とNEVへの販売補助金によって、自国EVメーカーの育成を強力に推し進めています。
ハイブリッド車では世界をリードした日本ですが、EVでは3極それぞれから圧力を受け、後手に回っている状況です。データの保護・収集・活用をめぐっても同じように3極がそれぞれの戦い方で、経済圏を築こうとしています。
また、こうした構図はデータ経済にも当てはまり、データ経済圏が3つに分断される可能性すらあります。すなわち、米国はGAFAM(グーグル、アマゾン、旧フェイスブック=現メタ・プラットフォームズ、アップル、マイクロソフト)に代表されるテックジャイアントによるデファクト化を進め、EUは一般データ保護規制(GDPR)やAI利用に関する規制案といったデジュールにより、データの域外流出を食い止め、独自のデータ経済圏をつくろうとしています。中国は国家の名の下にあらゆるデータを取得できる状況にあります。ここでも、日本は3極の蚊帳の外に置かれ、受け身の立場で対応を迫られるばかりです。